約 1,007,694 件
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/8393.html
前ページ次ページルイズと夜闇の魔法使い 『このメールが無事にPCに届いている事を、 そして君がこのメールを無事に読める状況にあることを願って。 才人くん、元気にしているだろうか。 「そちら」が「こちら」の時間が同期しているかどうかはわからないが、君がいなくなってから「こちら」では約半年が経過している。 今更言う事ではないのかもしれないが、今君がいる場所は「地球」ではない。 俗な言い方をすればいわゆる「異世界」と呼ばれる場所だ。 君達の常識では考えられないことかもしれないが、この世にはそういった常識の「外側」が存在する。 君が今いる異世界もそうだし、君が今まで生きてきた地球も例外ではない。 かくいう俺自身も、そういった「外側」を知りそこに生きている人間でもある。 ご両親から君が行方不明になった事を聞いた時は、正直驚いた。 だが、君が俺の修理したPCを持ったまま行方を消した事が不幸中の幸いだった。 ……実は、君のPCにはちょっとした遊び心で改造を施してあったのだ。 いわゆる「外側」の技術を使ったものだ。 まあ充電不要になるとかちょっぴり余分な機能がついている程度で普通に使う分には気付く事もないようなものだ。 ただ……いやなんでもない』 ※ ※ 「イノセントのPCを魔改造してんじゃねえよ……」 「き、気になる所で切んないでよ叔父さん! ただ何なんだよ!?」 『なに、ちょっと特殊な操作をするとボーンと爆発するだけだ。あまり気にするな』 「メールが返事すんなよっ!? っつうか自爆装置とかつけんなよ!?」 「お、俺のPCにそんなロマン機能がっ!?」 ※ ※ 『話を本題に戻そう。 とにかく、そんな訳で君のPCには俺謹製の処理が施されてあったのだ。 行方不明という事を知った後、俺はそれを頼りに独自に捜索を行なった(GPS的な用途に使ったと思ってくれればいい)結果、君が地球ではなく別の世界にいるという事を突き止めた訳だ。 ……突き止めたまではよかったが、そこからが問題だった。 君がいる「場所」はわかったのだが、そこに辿り着くことができなかったのだ』 ※ ※ 「……」 メールを見ながら柊は眉を潜めた。 文面のそのフレーズは以前にフール=ムールが言っていたのとほぼ同じなのである。 ――見つけたところで喚ばれぬ限り"辿り着く"ことはできない。 (どういう事だ? ファー・ジ・アースの人間はこっちに来れない理由があるのか?) フール=ムールはそれを『ここがハルケギニアだから』と言っていたような気がする。 この世界は主八界とか関係ない『外世界』ではなく、ファー・ジ・アースと何らかの関係がある世界なのだろうか? 答えの出せない疑問を胸に浮かばせながら、柊はメールを読み続ける。 ※ ※ 『俺のできる限りの知識やコネを使ってそちらに繋がるゲートを作ろうと試みたが、それは叶わなかった。 そもそもの話、「外側」の技術で君達イノセント(外側を知らない一般人)に対して過度の干渉をする事はあまり薦められた行為ではない。 俺が取引した、ゲートを作り得る技術を持った組織もその趣旨は例外ではなく、組織のトップにいる人物はその点に関して殊に厳格だった。 結果としてゲートが繋げられない事実が判明すると早々に捜索は打ち切られてしまった。 こうして君にメールを送ったのは苦肉の策、あるいは最後の手段だった。 無事に届くという保障はないが、何もしないよりはマシだろう。 長々と書いてしまったが、結論としては「こちらからは君を助ける事ができない」という事になる。 そう結論付けることしかできないのは非常に心苦しい。俺の力の及ばなかったことを許して欲しい。 無責任な言い方かもしれないが、決して諦めないでくれ。 俺や君の御両親、君の友人。そういった人達が君の戻ってくることを待っている事を忘れないでくれ。 彼等は君と同様イノセントなので事情を明かす訳にはいかず、とりあえずは俺の勤めているミーゲ社の所在地……つまりドイツに留学という形で処理している。 だから君は何も心配せず、ただこちらに戻ってくる事にだけ頑張って欲しい。 故意にせよ事故にせよ、こちらとそちらを繋ぐゲートが存在した以上、必ずそれを作る手段があるはずだ。 それに、君は覚えていないだろうが、君には以前からこの手の「外側」に対する適応力が見て取れていた。 だから俺は、君が今の状況を受け入れそして乗り越える事ができると信じている。 再び君と会える日が来ることを、心から祈っているよ』 ※ ※ ※ 「……叔父さん」 サイトはわずかに顔を俯かせ、手の甲で目元を拭った。 一緒にメールを読んでいた柊が、力強く肩を叩く。 「大丈夫だ。俺も手伝う。俺もこの十蔵って人と同じウィザード……『外側』ってのを知ってる人間だから、力になれる」 「……うん」 ありがと、と呟くように言った後サイトは改めてメールを見やった。 そして柊に眼を向け、尋ねる。 「俺のこと、ドイツに留学って事にしてるみたいだけど……」 懇意にしている親戚ではあるが、基本ドイツに在住している十蔵にすぐに連絡がいくという事はあまりないはずだ。 つまり十蔵がそれを知ってサイトの事情を調査し、そして対応するまでに行方不明という事はそれなりに広まっているはずだ。 果たしてそれで誤魔化せるものなのだろうか。 すると柊は腕を組んで少し考えると、 「多分記憶処理かなんかだろうな。地球じゃそうやって『外側』の事を知られないようにしてるんだよ」 「き、記憶処理って。それじゃ……」 「……。お前は最初っから行方不明になんてなってなくて、単にドイツに留学してるからいないだけ……って周りの人達は思ってるってことだ」 「そんな……」 幾分申し訳なさそうに柊が言うと、サイトは顔色を失って肩を落とした。 「けど、親御さんとか友達に行方不明だって心配かけるよりはずっといいだろ?」 「それは、そうだけど」 理屈としてはそれは理解しているし、心情としてもそういった人達に心配をかけたくない、かけずにすむ事になって安堵しているというのは確かにある。 だが、その一方で自分がこんな事になっているのを知らず、自分がいない事に疑問も抱かないどころか気付いてさえいないという事実に、まるで見捨てられたような感覚も覚えるのだ。 矛盾した感情を上手く処理する事ができずに、サイトは呆然とメールの開かれたディスプレイを見つめることしかできなかった。 柊はそんなサイトを見やって口を開きかけたが、上手く言葉にできずに黙り込んでしまう。 部屋に下りた沈黙を破ったのは、搾り出すようなか細い少女の声だった。 「……サイト」 「テファ?」 振り返って彼女に眼を向け、サイトは眼を見開いた。 椅子から立ち上がり、しかし近寄りがたいように立ち尽くしてサイトを見やる彼女の顔は酷く翳っていて、今にも泣きそうに見えたのだ。 「その手紙……みたいなの、私には読めないけど……家族の事が書いてあったの?」 「あ……うん。まあ……」 サイト達がハルケギニアの文字を知らなかったのと同様、ティファニア達には地球の文字が読めないのでメールの内容はわからないだろう。 だが、その後の柊との会話でなんとなく類推することはできたはずだ。 誤魔化すこともできずにばつが悪そうにサイトが答えると、ティファニアは顔を俯けてしまう。 「ごめんなさい……」 「……テファ」 「私のせいだよね? 私がその地球からサイトを召喚しちゃったから、サイトは家族とも離れ離れになって……」 「い、いや。テファのせいじゃないって。別にわざとやった訳じゃないし、俺だって何も考えないで馬鹿みたいな事しちゃったからこうなったんだし」 サイトは慌ててティファニアに駆け寄ると、宥めるように肩に手を置く。 すると彼女は俯いたままサイトに身体を寄せて、顔を彼の胸に埋めた。 ――泣きそう、ではなかった。 サイトの胸にしがみつく様に身体を寄せる彼女は、泣いていた。 「ごめんなさい。私にできること、何でもするから。虚無の魔法っていうのも、覚えられるようがんばるから」 ティファニアはサイトに顔を向けないまま、肩を震わせて言う。 「――メロンちゃんとかもやるから」 「いや、メロンちゃんはもういいから!?」 マチルダの殺気が膨らんだのを察知して、サイトは慌ててティファニアの両肩を掴んで引き剥がす。 そしてサイトは見上げる彼女を真っ直ぐに見据え、ふっと笑って見せた。 「大丈夫だよ、テファ。柊も協力してくれるし、どうにかなるって。父さんとか母さんの事だって、叔父さんが上手くやってくれてるって書いてた。だからテファが心配することなんてない」 なおも不安そうな表情で見つめてくるティファニアの視線を受けてサイトは一瞬言葉につまり、そして少しだけ眼を反らしながら照れ臭そうに呟いた。 「だから、その……テファにそんな顔されてる方が、困る。テファは笑ってる方が似合うと思うし……その。ほら、俺、使い魔だから、テファのこと守るのが仕事だから、俺が泣かしたみたいなのは……」 「……サイト」 少し前にマチルダに似たような事を言ったのを思い出して口に出してしまったが、気恥ずかしくなったのかサイトは次第にしどろもどろになって最後には完全にそっぽを向いてしまった。 ティファニアはサイトの言葉を胸の裡で反芻すると、僅かに頬を染めてくすりと笑みを浮かべた。 それを見てマチルダは口の端を歪めてふんと鼻で笑い、柊もにやにやとした表情で「言うなあ」と零す。 周囲の反応を見やってサイトは羞恥に顔を染めた。 「か、勘違いしないでよね! これはただの使い魔の仕事なんだから!」 「なんでそこでツンデレなんだよ!?」 呻くように叫んだサイトにすかさず柊が突っ込むと、テファは今度こそ声を漏らして笑った。 沈殿してした空気がどうにか持ち直した事に柊は安堵を覚えつつも、 (……ルイズもこれくらい協力的だったらなあ) 僅かばかりの羨望を感じてしまった。 しかしよくよく考えてみると、ルイズは柊に対してはともかくエリスに対してはそれなりに柔らかい対応をしているし、エリスもうまくやっているようだった。 (もしかしてぞんざいに扱われてるの俺だけなのか……?) なんとなく釈然としない気分になった。 柊は気をそらすようにしてノートパソコンに眼を移し、サイトに声をかける。 「サイト。他のメール、いいか?」 「え? あぁ」 言われてサイトも思い出したかのように再びノートパソコンへと歩み寄る。 十蔵からのメッセージはあれで終わりだったが、送られてきたメールは一つだけではない。 残ったメールには全て添付ファイルがついているというのも気になる所だった。 サイトは二番目に送られてきたメールを開いた。 ※ ※ ※ 『追伸。 君を救出する事は叶わないが、せめてもの力添えをしたいと思いコレを送る。 もし君のいる世界が平穏に満ちた場所であったのなら、コレは無用の長物だ。 場所を取って大変邪魔になるので、このままファイルを開かずに放置しておいた方がいい。 だがもしそうでないのならば、コレは君の力になってくれるはずだ。 コレは君の翼だ。君にはコレを扱う「資格」がある。 俺の翼は既に折れてしまったが、君ならば俺の届かなかったあの蒼穹の果てにも辿り着けるだろう。 君に戦乙女の加護のあらんことを。 平賀 十蔵 』 ※ ※ ※ 「……なんだ?」 書かれている内容がいまいち理解できずサイトは首を捻ってしまった。 ちらりと隣の柊を覗いてみたが、彼もまた眉を潜めている。 ただ、その表情はサイトのように意味がわかっていないというのではなく、何事かを考えているようでもあった。 「どういうことか、わかる?」 「……なんとなく」 サイトの問いかけに柊は呟くように返した。 サイトの状況を理解していてこの内容だとすれば、おそらく送られてきたという『何か』はウィザードの技術を使ったものなのだろう。 更に言えば、文中で書かれていた通り『平穏でない場合に力添えになる』ものでもある。 添付ファイルで送られてきたという事はおそらくその中身は術式プログラムである可能性が高い。 術式プログラムとは回復魔法などと言った魔法技術を電子プログラム化して軽量化と効率化を図ったもので、中には魔術書一冊が丸々プログラム化してメモリの中に封入してある事さえある。 しかし、この術式プログラムをインストールするためには機器に《メモリ領域》という専用の記憶媒体が必要になるのだ。 これはかなり特殊な技術であり、柊やエリスの0-Phoneにすら搭載されていない。 「イノセントのPCにどこまでやってんだよ……」 普通に使う分にはまず気付かれない範囲とはいえ、いくらなんでもやりすぎな改造に柊は嘆息した。 そして不思議そうに覗き込んでくるサイトに眼を向けると、肩を竦めて見せた。 「まあ、お前の叔父さんが信用できる人なら悪いもんじゃねえだろ。開いてみればいいんじゃないか?」 「……んじゃ」 僅かに逡巡した後、サイトは添付ファイルを開いた。 ――同時にディスプレイ上にある全てのウィンドウが閉じ、画面一杯に新しいウィンドウが開かれる。 その直後、まるで滝のように意味のわからないプログラム言語が流れ出した。 「う、うわあっ!? な、なんだコレ!! ウィルスとかじゃねーの!?」 「俺にもわかんねえよ!」 怒涛の勢いで溢れ流れる文字群にサイトは思わず身を強張らせる。 処理が追いついていないのだろうか、PCがガリガリと嫌な音を立て始めた。 「大丈夫なのか? 本当に大丈夫なのか!?」 「だからわかんねえって――」 サイトが泡を食って柊に詰め寄ろうとした時、PCに更なる異変が起こった。 流れ続けるプログラム言語はそのまま、ディスプレイ上に淡く光る魔方陣が描き出されたのだ。 「お、俺のPCがァーーっ!?」 「さ、サイトちょっと下がれ!」 柊はサイトを引き摺るようにして後ろに下がらせて、PCとの間に立ち塞がるように位置取った。 危険はないとは思うのだが流石に不安になり、月衣からデルフリンガーを取り出すか数瞬迷う。 と、その間にPCの異音がぴたりと止まり、それと共に流れていたプログラム言語も停止した。 ディスプレイ上で淡く明滅する魔方陣に眉を潜めながら、柊はPCを――画面一杯に陳列するプログラム言語を凝視する。 この手の知識がない柊にはその内容も意味も全く理解できなかったが、かろうじて読み取れる単語を見つけ出した。 「ガーヴ……月衣?」 改めて画面を見渡すと、その単語がいくつか散見できる。 という事は、このプログラムと魔方陣は月衣に関する何かなのかもしれない。 サイトやティファニア、マチルダが言葉も失って呆然と見やる中、柊はPCに歩み寄ってディスプレイに手を伸ばした。 五指が液晶の画面に触れ――その手が画面の中に入り込む。 「な、なにしてんだ!?」 「……多分、この『中』に十蔵って人が送ってくれた物が入ってる」 「中ぁ!?」 この魔方陣はおそらくガンナーズブルームの圧縮弾倉と似たような代物なのだろう。 それをプログラム化して送ってくる辺り、平賀 十蔵というウィザードはかなり優秀な技術者のようだ。 「……あった。コイツは――」 中に収納されている『何か』を掴み取り、次いで眉を顰めた。 そして柊はソレをしっかりと掴んだまま引きずり出す。 魔方陣の中から現実の空間に顕れたそれは――巨大な剣だった。 「やっぱり、ウィッチブレードか」 ガンナーズブルームを始めとしたウィザード達が用いる『箒』――その中でも近接戦闘型のモノだ。 現在柊が所有している一世代前のガンナーズブルームはどこか機械的で無骨な印象があるが、こちらは現行型で全体的に洗練されたフォルムを持っている。 「す、すげえ……」 完全に現出したウィッチブレードを凝視しながら、サイトが感嘆にも似た声を上げた。 これまで呆気に取られるしかなかったマチルダは、やはりどこか呆然と言った態で呻く。 「……一体なんなんだ、それは……」 「箒……あー、『破壊の杖』の同類みたいなもんだよ」 「破壊の杖? 全然似てないじゃないか」 「用途が違うだけで同じ系統のモンなんだよ。あっちは『銃』でこっちは『剣』」 言いながら柊はウィッチブレードを起動させる。 反応を示す音と共に重低音が響き渡り、後部スラスターから淡い魔力光が零れだした。 動作は特に問題なさそうだ。 おおおー、と感動した面持ちで歓声を上げるサイトを他所に、柊はウィッチブレードの状態を確認していく。 オプションスロットには姿勢制御用のスタビライザと、出力上昇用のエネルギーブースターがいくつか。 いわゆるフル装備という奴である。 イノセントにどこまでやる気なんだよ、と柊は眉を顰めながら各部位をチェックし、 「……なんだこりゃ?」 思わず上擦った声を上げてしまった。 この箒、外見上はウィッチブレードに属するそれなのだが、中身がまるで別物で性能も奇妙な代物だった。 まず、スペックでいうと現行のウィッチブレードをかなり上回っている。 柊の知る限り現行の箒の中では最上級とされる『エンジェルシード』と比較しても遜色ない……どころか、それすら凌駕しているといっても過言ではない。 ――のだが、『制限機動』というモード設定によって出力と一部機能にリミッターがかけられている。 しかも肝心要のコアユニットが現行のウィッチブレードと同一規格なので、スペックを十全に発揮するには出力が圧倒的に不足していた。 例えていうならF1のレーシングカーに普通車のエンジンを載せているようなものだ。 通常のウィッチブレードと同程度の性能は発揮できるとはいえ、これでは竜頭蛇尾もいいところではないか。 「試作機……未完成品ってところか」 言いながら柊がウィッチブレードを軽く振るうと、剣身に通常の魔導具に用いられる魔術刻印のルーンとは異なるサインを見つけた。 記された文字は『VALKYRIE-03』。 「ヴァル……ヴァルキューレ03? この機体の名前か?」 ナンバーが振ってあるという事はあるいは何らかのシリーズのコード名なのかもしれない。 そんな事を考えていると、サイトが弾けるように叫んだ。 「ひ、柊! それ、見せてもらってもいいか!?」 「お、おう。まあ元々お前用に送られてきたんだしな」 好奇心を抑えきれないといった様子のサイトに少し気後れしながらも、柊は念のためウィッチブレード――ヴァルキューレ03を機動停止させてサイトに手渡す。 歓声混じりで子供のようにヴァルキューレ03を手に取り、あちこち観察するサイトを柊は嘆息しながら見つめた。 「うおー、すげー! かっこいい!!」 「馬鹿、振り回すんじゃない! 玩具じゃないんだよ!」 実際に『破壊の杖』の挙動を見た事のあるマチルダが抗議交じりに柊を見たが、彼は軽く手を振った。 「機動した状態じゃなきゃ単なる馬鹿でかい鈍器だから、あの時みてえな事はできねえよ」 言って柊は改めてPCに向き直った。 箒を取り出した事で再起動がかかったのか、PCの画面はウィンドウの開いていない初期の状態に戻っている。 メールソフトを開いてみると、添付ファイルの着いた複数のメールの内最後の物以外は全て開封済みになっていた。 唯一の未読メールを開いてみると、それは箒の取り扱いについてのマニュアルだった。 ふと思い立ち、柊は先程の月衣もどきが機動したプログラムを再び起動してみる。 しかしファイルの破損によりプログラムは実行されなかった。 どうやら内容物を取り出した事でプログラムだかステータスが書き換わってしまったようだ。 複製は不可能なのがわかって柊は軽く舌打ちする。 そして柊はしばし何かを黙考した後―― 「サイト」 「え、なに?」 「……大事な話がある」 努めて真面目な表情で柊が言ったので、浮かれ気味だったサイトも僅かに眼を見開き黙り込んだ。 そして柊は重々しく口を開く。 「お前、確かルーンがガンダールヴって言ってたよな?」 「あ、うん。何かブリミルがどうとか伝説の使い魔だとか」 「そうだな。伝説の使い魔って話だったな。……伝説の使い魔だったら、使う武器もそれにふさわしい伝説の武器の方がいいと思わねえか?」 「え? そりゃまあ、それもお約束だしなあ」 「そうだろうそうだろう。そこでお前にいい話がある」 「い、いきなり胡散臭くなったぞ」 「まあそう言うなよ」 言いながら柊はおもむろに月衣からデルフリンガーを引っ張り出した。 『なんだ、やっと出番か? 待ちくたびれたぜ……いや、月衣の中じゃ時間経過とかあんま関係ねーんだけど』 「け、剣が喋った!?」 驚きを露にするサイトをよそに、柊は至って真面目にサイトに語りかけた。 「こいつはデルフリンガー。かつてガンダールヴが使っていたという伝説の魔剣だ。訳あって今は俺が使ってるが、 やっぱ伝説の剣は伝説の使い魔が使うのがふさわしいと思うんだ。デルフもそう思うだろ?」 『なんだ、その小僧ガンダールヴなのか? まあ確かにガンダールヴ用の能力もあったような気もするが……』 「そんなのあったのか」 『多分』 「そうかそうか、なら話は早ぇ」 そして柊は気持ち悪いくらい朗らかにサイトに笑いかける。 「デルフもこう言ってるし、こいつを本当の意味で使いこなせるはお前なんだ……そう、お前だけだ!」 「お、俺だけ……!?」 超嬉しそうに声を上擦らせるサイト。 何故かデルフリンガーも嬉しそうに声を上げる。 『こ、これはアレか? 俺様の真の所有者を巡って争いが勃発!? やめて、俺様のために争わないで!!』 そして柊が畳み掛けるようにサイトに詰め寄った。 「そんな訳だからコイツとその箒を交換してくれ!」 「ヤだ」 『またしても即答!』 「チッ!」 デルフリンガーが愕然と叫び、柊が忌々しげに舌打ちする。 「いいじゃねえかよ! 今から箒の使い方覚えるよりも普通の剣の方が扱いやすいだろ!?」 「ふっ……よくわかんねえけど、ガンダールヴのルーンがあると武器の使い方がわかって身体も軽くなるんだよ。だから全然問題ないし。何なら今からコイツを起動させてやるぜ?」 「くっ……なんだよそのインチキくせえ能力!」 悔しそうに、そして羨ましそうに顔を歪める柊にサイトは勝ち誇ったように笑みを浮かべた。 「それにこれは叔父さんから貰った大事なモンだし! 喋るのは珍しいけど普通の剣よりこっちの方が格好いいし、強そうだし!!」 『……おい小僧』 意気揚々とヴァルキューレ03を掲げてのたまうサイトに、酷くくぐもったデルフリンガーの声が響いた。 「あんだよ」 『屋上。……じゃねえ、表に出ようぜ……久々にキレちまったよ……』 わなわなと震えた声でデルフリンガーはそう漏らし、次いで爆発したように叫びだした。 『外面ばっかで選んでんじゃねえよこのボケッ! 男だったら中身で勝負しやがれ!』 「いや中身でも圧倒的にあっちのが上だろ」 『やかましい! とにかく、テメェみてえなド素人のガンダールヴに使われるぐれえなら相棒の方が百万倍ましだってんだよ!!』 柊の突っ込みを無視して喚き散らすデルフリンガーを、サイトは流石にこめかみを引くつかせて睨みつける。 「なんだよ、喧嘩売ってんか? ……上等じゃねえか。古臭え伝説に現代の戦術って奴を思い知らせてやるよ」 『やってみろよ。新しいモン好きのバカガキに伝説の信頼と実績って奴を見せ付けてやらあ』 お互いに顔(?)を突きつけてにらみ合う一人と一本を見ながら、柊はおずおずと手を上げる。 「おい、おかしくねえか? その流れで行くならデルフを持ったガンダールヴのお前が箒持った俺とやるのが正しいだろ?」 「細かいことはいいんだよ!」 『もう何がなんだかよくわからねえがとにかくそういう事なんだよ! おら、行くぞ相棒!』 「またこんなかよ!」 召喚されて早々にギーシュとの決闘に巻き込まれた事を思い出し、柊は思わず叫んでしまうのだった。 前ページ次ページルイズと夜闇の魔法使い
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/7525.html
前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔 第69話 許す心 救う心 殺し屋宇宙人 ノースサタン 登場! 無人の小村を舞台に、アニエス、キュルケのコンビと、殺し屋宇宙人ノースサタンの 戦いが始まろうとしていた。 「ちょうど人もいないことですし、存分に暴れられますわね。さぁーて、木っ端微塵に して差し上げましょうか」 「いや、できるなら生け捕りにしてヤプールの情報を吐かせたい。もっとも、素直に 聞くとも思えんし、第一人間の言葉が理解できるかどうかもわからんから、手足の 二、三本は叩き切らせてもらうか」 宇宙人を相手にしているというのに、キュルケとアニエスには少しも恐怖した様子はない。 いや、彼女たちのそれはもはや不遜とさえいってよかっただろう。二人は、同時に 杖と剣の切先を星人に向けて、戦いの合図とした。 「いくぞ!」 先陣を切ったのは、その猫科の動物のような瞬発力を持って駆け出したアニエスだった。 脚力にものをいわせ、キュルケが抜け駆けをとがめる暇もないままに、長刀を星人に 振り下ろしていく。 だが、ノースサタンは命中直前に、普通の動体視力なら反応すらできないその 攻撃を、バックステップでかわすと、そのまま鋭い爪をかざして逆襲に転じてきた。 「ちっ!」 とっさに爪の一撃を剣ではじくが、ノースサタンはアニエスに剣を構えなおす 隙すら与えないというように、連続で爪やパンチを繰り出してくる。こうなると、 大剣のアドバンテージも、振りと返しが遅い分アニエスが不利に働く。 「身のこなしなら、前のツルクセイジンとかいうやつより上だな」 アニエスは苦々しげに毒づきながらも、鋭い目で剣の合間から反撃の 機会をうががっていた。しかし、星人は予想以上に身軽で、剣を盾代わりにして なんとか攻撃はしのいでいるものの、接近しすぎてしまったために、 ちょっとでも受身を緩めたら爪が肉に食い込むのは見えていた。 ノースサタンは、殺し屋宇宙人と異名を持つだけに、標的を抹殺するための 宇宙拳法を極めており、スピードと一撃の破壊力ではツルク星人以下だが、 小回りが利くために、さしものアニエスでも密着されては分が悪かったのだ。 しかし、ここで抜け駆けされて頭に来ていた目立ちたがり屋が乱入してきた。 『ファイヤーボール!』 キュルケの放った火球がノースサタンの右側面から襲いかかって爆発した。 万一アニエスに当たっては大変なので、ホーミング性を重視して、威力は 最低にまで落としてあるが、それでも一瞬隙を作って、アニエスがノースサタンの 間合いの外にまで逃れる時間を作ることができた。 「貸し一個、ね」 「ふん」 したり顔のキュルケに、アニエスは不愉快そうに唇をゆがめたが、視線は 敵から離すことはなく、剣を接近戦から中距離戦に向くように構えなおした。 一方で、キュルケは意気揚々として次なる攻撃を準備する。 「こういう接近戦主体の敵は、離れて戦うのがベストですわよ」 「……」 次は自分の番とばかりに、キュルケは再び『ファイヤーボール』を放った。 アニエスは、それをじっと見守っていたが、放たれた火の玉を星人が 軽く回避して、魔法発射の隙をつき、猿のように敏捷に逆撃しようとしてくるのを、 彼女の前に立ちふさがって、大振りで星人を押し返した。 「一個、貸し返却な」 「早っ!」 「敵を見た目だけで判断するな。メイジ相手の刺客に、その程度の魔法が 通用するはずがなかろう。それに、まだどんな武器を隠しているかわからんぞ!」 アニエスは、これまでの宇宙人との戦いから、こいつらにハルケギニアの 常識が通用しないことを学んでいた。そして、その経験は結果的に彼女たちを 救うことになった。再び間合いをとったノースサタンの口から、白い煙が 噴き出してきたかと思った瞬間、二人は反射的にその場を飛びのくことができたのだ。 「これは、含み針か!?」 二人がさっきまで立っていた場所には、釘ほどの大きさがある針が無数に 突き刺さっていた。それが、星人の口から煙に紛れて吐き出されてきたのだ。 まさに間一髪、回避がちょっとでも遅かったら、二人ともハリネズミのように されていただろう。 「なんとまあ、殺し屋らしい武器ですこと」 『フライ』で、高速移動するキュルケを追うように、含み針がすぐ後ろの 地面に深く突き刺さっていく。むろん、アニエスもうかつに近寄れずに、 自分に向かってくる針攻撃の回避に専念している。ちなみに、たかが 針だとあなどってはいけない、たとえば鋭く尖らせた鉛筆でも、喉や心臓に 打ち込めば人を殺せるし、それ以外の場所に当たったとしても、体内の 動脈などを傷つけられれば出血多量で死に至らしめることができる。 「これじゃ魔法を練る時間もありませんわ。姑息な武器を使ってくれますこと!」 「馬鹿め、武器なんてものは相手を殺せればいいんだ。無駄口叩くくらい ならさっさと逃げろ」 「ああら、誰に向かって逃げろなんて言ってるんですの? あなたこそ 近寄れもしてないではないの」 毒づきあいながらも、二人は際限なく撃ち出される含み針の攻撃を かわし続けた。地味に見えるが、この含み針という武器はかなりやっかいで、 煙に隠れて撃ち出されるために、平均以上を誇る二人の動体視力でも 見切ることができないし、散弾のようにくるために剣ではじき返すことも、 魔法でも全部を一度に止めきることはできない。 けれども、不利だからといって逃げ腰になったりはせずに、むしろ闘志を 奮い立たせるのが、この二人に共通する特徴であり、ある意味では人間社会に 争いが絶えない救いがたい一面であるのかもしれなかったが、それゆえに 今の状況は、その素質を必要とした。 二人は、間断なく撃ちかけられる含み針の攻撃を、間合いを遠くとって 余裕を作ると、互いに一瞬だけ目を合わせて、それからはまるで入念に 打ち合わせをしたかのように、アニエスを前に、キュルケを後ろにして 突進していったのだ。 もちろん、直線的な攻撃はノースサタンから見れば標的が止まっている も同然なので、表情をもたない顔面を笑うように上下に動かしたあと、 含み針を一気に吐き出してきた。 が、それこそ二人の狙いであった。 「ここだ!」 アニエスは、ノースサタンの口から白い煙が吹き出てきたと見た瞬間、 背中に羽織っているマントを外して、体の前に振りかざし、同時に キュルケがマントに『固定化』の魔法をかけた。これにより、鉄糸で 織られたに等しい強度を一時的に受けたマントは、含み針を先端が数ミリ 突き出る程度で、次々と受け止めた。 確かに、薄布でできたマントでは鋭い含み針の先端をそのままでは防ぐことは できない。だが、布というのは張り詰めれば弱いが、固定せずに浮かせた 状態では、衝撃を吸収してしまって意外な強度を発揮する。 「いまよ!」 含み針を全て受けきって、間合いを一気に詰めたアニエスは、マントを 振り払うと、虚を突かれて立ち尽くす星人にむけて、渾身の力で剣を、 裂帛の気合と、怒涛のような叫び声とともに現実の破壊力として振り下ろした。 そして半瞬後、ノースサタンの胴体に右肩から左腰に渡って赤い血しぶきが 吹き上がり、星人の悲鳴が響き渡ったとき、キュルケは彼女らしい快活さで喝采を上げた。 「やったわ!」 まさに、あざやかなチームワークの勝利だった。俊敏な星人を倒すためには、 至近距離から重い一撃を食らわせるしかないが、近づくまでにサボテンに されてしまう。それならば、なんとかしてアニエスを星人に近づけるまで キュルケが防御するしかない、彼女たちはなかば本能的に自らが果たす 役割を考えて、それを実行したのだった。 「まだだ、油断するな」 傷口を押さえてよろめくノースサタンにも、アニエスはまだ警戒を解いては いなかった。ヤプールの刺客ともあろうものが、この程度のことで簡単に 死ぬとは思えない。その証拠に、突然ノースサタンの体から紫色の煙が 噴き出してきたかと思うと、奴の体を包み込んで、そのまま天にも届くかの ように高く立ち上っていった。 「これは……いやーな予感がしますわね」 「引くぞ!」 危険を悟ったアニエスはためらわずに踵を返して走り出した。もちろん かつてテロリスト星人の例を見ていたキュルケも冷や汗を流しながら 後を追う。 そして、彼女たちの予感は見事なまでに的中した。 地上一〇〇メイルばかりに立ち上った紫色の煙の中から、全長五八メートルに 巨大化し、姿かたちも全身緑色のさらに鋭く凶悪な悪魔のような容貌となった ノースサタンが、まるで怪獣のような遠吠えをあげて現れたのだ! 「あちゃー、かんっぺきに怒らせちゃったか、どうします隊長どの」 怒り狂ったノースサタンが、踏み潰してやろうと地響きを立てて向かってくるのに、 あまり緊張感をもっていないような口調でキュルケが言うと、アニエスは彼女とは 反対に勤勉な口調で返した。 「全力で逃げるぞ、サイトたちとは反対方向にな」 「ですわね」 二人とも、この危急にあっても冷静さは失っていなかった。巨大化した星人には、 もう自分たちの力では太刀打ちできないが、彼女たちの目的は星人を足止め して才人やミシェルたちを逃がすことにある。その目的さえ達せられれば、 別に星人を今倒す必要性はない。 ただ、殺し屋宇宙人から逃げ切るのは、簡単ではなさそうであった。 ノースサタンをはじめとするドキュメントMACに記録されている宇宙人たちの 多くは、巨大化すれば姿形はまったく変わってしまうが、ツルク星人は両腕の剣、 カーリー星人は両肩の角、フリップ星人やバイブ星人は分身能力に透明化能力と、 その特殊能力までは変わることはない。 つまり、ノースサタンも最大の武器である含み針の能力を失っていなかった。 等身大のときと同じく、口から真っ白な煙と共に吐き出されてきた無数の光るとげ、 それらは空中で人間の背丈ほどもある巨大な槍に変化すると、キュルケとアニエスの すぐそばの地面に、一本一本がタバサのジャベリンさながらに突き刺さったのだ。 「なっ!」 キュルケの口から驚愕のうめきが漏れた。すぐそばの木は、含み針の槍が 貫通して真っ二つに裂けてしまっている。こんなものを人間がまともに食らえば、 百舌鳥のはやにえのようにされてしまうだろう。 彼女はアニエスの顔をのぞき見たが、逃げる以外にどうしろとと、救いのない 返事を返されて、文字通り槍の雨の中を右へ左へと回避し続けた。 巨大化したノースサタンの姿は、戦いが早期に展開を変えてしまったために、 まだ村からさして距離をとっていないルイズたちからもよく見えていた。 「たった二人で、ウチュウジンを巨大化させるまで戦うとは、さすがね」 ルイズにとって、キュルケやアニエスはそんなに仲がよいというわけでは なかったが、その実力は正統に評価しているつもりだった。特に、単なる 魔法や剣の技量というわけではなく、それを使いこなす柔軟な思考と闘志の バランスのとれた、完成度の高い戦士ということは尊敬にも値した。ルイズの 知る限り、彼女たち以上に知勇の均衡のとれた戦士は、タバサを除けば一人 しか存在しない。 しかし、いくらあの二人といえども、巨大化した星人に対しては抗する 術はないだろう。タバサとシルフィードがいれば、まだ話は別だろうが、 追われながらでは策を弄する暇もできない。 「ミス・ロングビル、追っ手をかわすために二手に分かれましょう」 一つのことを決意したルイズは、ロングビルにそう告げると、返事を 待たずに森の別方向に駆け出した。後ろから、ロングビルの叫ぶ声が 聞こえてくるような気がしたが、もう彼女の耳には届かなかった。 やがて、ロングビルが完全に見えなくなり、追ってもこないことを確認すると、 眠り続けている才人を背中から降ろして、顔を覗き込んだ。 「醜い顔ね……」 これなら、まだ自分がせっかんしたほうが人間らしい顔を残していると、 ルイズはなんともいえない笑みを口元に浮かべた。けれども、それは 決して醜さがおかしくて笑ったわけではない。むしろ、おかしかったのは 自分のほうであった。 もし、鏡を見て見たとしたら、そこには傷一つないきれいな自分の顔が 映るだろう。しかし、心貧しき者にとって、美とは宝石のものを超えることはなく、 その先にあるものに気づくことはない。だけれども、誇り高い心を持つルイズは、 人のために傷つき血を流した者に対して、シルクの手袋で握手をしようとは 思わなかった。 「あんたは、自分の正義を守るために命を懸けた。けど、わたしはあなたに…… あなたの主人としてふさわしい、つりあえる人間なのかしら……」 ルイズという人間の、誰にも否定させない美点をあげるとすれば、それは 常に自分自身を高めようとし、そのための試練を拒否しないことであったろう。 このときも、彼女は自分の精一杯を出しきって倒れた才人に対して、ならば 自分がむくいてやる方法はなんなのかと、自問していた。 振り向くと、ノースサタンは怒りのままに含み針での連続攻撃を続けている、 いくらあの二人が強くても、あれではあと数分も持たないだろう。 「もし、あなたが目を覚ましていたら、間違いなく皆を星人から守るために 奮闘したでしょうね」 小さくつぶやきながら、ルイズはハンカチで才人の顔をぬぐった。 彼女は考える。今、星人に襲われているアニエスやキュルケたちを救える 方法を、自分は持っているが、それは自分自身の力ではなく、彼女のプライドは 人に頼ることを拒否する。それは、人として立派なことではあるだろう。けれど、 才人だったら言うだろう。 「人の命より、大切なものなのかそれは?」 失われた命は二度と戻らない。たとえ不愉快な連中であろうと、死んでしまっては ケンカもできない。だったら、今は屈辱、いや、自己満足を捨てて、手を伸ばして 助けを求めよう。そう決意したとき、ルイズと才人のウルトラリングが一筋の光を放った。 「わたしには、今は力はない。けど、あなたの心には応えたい。だから、力を 貸して! ウルトラマンA!!」 ルイズの小さな手が、才人の泥と血で汚れた手を掴んだとき、まばゆい 閃光が二人を包み、天に向かって駆け上り、今まさに疲労して膝をついた アニエスに向かってとどめの含み針を吹きつけようとしていたノースサタンの 前に立ちふさがった! 「デャァッ!!」 宇宙の悪魔の前に、光の巨人が立ち上がり、これ以上の暴虐は許さないと、 戦いの構えを取る。光と共に出現したウルトラマンAに、ノースサタンは一瞬 ひるんだが、すぐに凶暴な本性を呼び戻してエースに含み針を吐き出した。 「ヌゥン!」 仁王立ちするエースの体に、次々と含み針が突き刺さる。エースの身体能力から すれば、回避も不可能ではないが、そうすれば後ろにいるアニエスたちに当たってしまう。 たちまちハリネズミのような姿にされるエースに、彼女たちの悲鳴があがるが、 今のエースにこの程度の痛みなどは関係ない。 「デャァッ!!」 気合と共に、エースは全身の含み針をすべて吹き飛ばした。今度こそ、ノースサタンは 後ずさりをし、力の差を思い知る。かつてはレオをダウンに追い込んだほどの威力を誇る 武器だが、ベロクロンのミサイルを立ったまま受け止めたエースには通じない。いや、 それ以上に、今のエースには力がみなぎっている。 (ありがとう、エース、わたしの言葉に応えてくれて) (いいや、君と、才人くんの心が一つになったから、私も応えることができた。力を使う ことの意味を、これからも忘れないでくれ) いまだ、才人が意識を取り戻していないなかで、精神世界でルイズはエースと、 初めて一対一で話していた。 けれど、人間と合体したウルトラマンは、変身するためにはその人間の純粋な 強い意思がかかせない、中途半端に力を求めるだけでは、ウルトラマンは答えない。 今回は、才人の願いをルイズが理解し、彼の願いを引き継いで、二人の心が 一つになったからこそ、才人が意識を失ったままでも変身することができたのだ。 力は、誰かのために使ってこそ価値がある。今はまだルイズの中には迷いが あるが、迷うことは悪いことではない。むしろ、迷うからこそ人間には成長がある。 それに、エースは才人の中に、これまで兄弟たちが地球人とともにつむいできた ものが、確かに息づいていることを改めて確認して、それがルイズたちにも 伝わっていくことがうれしかった。 だからこそ、そのかけがえのない一歩の成長を大事にするためにもエースは負けられない。 「ヘヤァッ!」 エースとノースサタンが正面から組み合い、大地を揺るがす激戦が開始される。 ストレートキックの一撃がノースサタンの腹を打ち、下から打ち上げるチョップが 顔面を打つ。 しかし、含み針が通用しなくなったとはいえ、ノースサタンも宇宙拳法の達人である。 パンチとパンチがぶつかり合い、エースの投げを空中回転でかわしたノースサタンが 背中の赤いマント状の皮膜をたなびかせながら、飛び上がって爪を振りかざしてくる。 「セヤァッ!」 左腕でノースサタンの爪を受け止めて、エースはカウンターで右ストレートを叩き込んだ! 自分の力も合わさった一撃を受けて、ノースサタンの体が宙を舞って大地に叩きつけられる。 それでも負けじと起き上がり、性懲りもなく含み針を吹きつけようとするが、そのときには エースは空高く飛び上がり、急降下してノースサタンにキックをお見舞いした。 「トォォッ!」 避けるまもなく後頭部を蹴られ、前のめりに倒されるノースサタン、奴は、エースのあまりの 強さに、戦いを挑んだことを後悔しはじめていたがもう遅い。いかに宇宙拳法を極めて いようとも、エースも光の国では同じく宇宙拳法の達人であるレオや、その師匠筋の セブンとも数え切れないほど組み手をしており、彼らに比べればノースサタンの攻撃など たやすく見切れる。 だが、エースもまた今は完全ではなかった。 「あっ、カラータイマーが!」 「そんな! まだ一分しか経っていないぞ」 地上で戦いを見守っていたキュルケとアニエスが、あまりに早く鳴り始めたカラータイマーの 点滅に、悲鳴のような声をあげた。しかし、それも当然である。エースは今はルイズと 才人と同化して、このハルケギニアの環境に適応している以上、才人が重体である 今は、本来のエネルギーの半分程度しか使えない。 ノースサタンは、エースのカラータイマーの点滅を見て、まだ自分にも勝機はあると 反撃に出てきた。鋭い爪を振りかざし、エースの顔面を狙ってくる。 「危ない!」 ノースサタンの爪が迫り、二人の悲鳴が耳を打つ。しかし、エースはそれより さらに早く拳を繰り出し、ノースサタンの顔面を殴り飛ばして地面に叩きつけた。 強い、本当に強い。間違いなく、エースのエネルギーは切れ掛かっているはずだが、 宇宙の殺し屋と異名をとるノースサタンがまるで手が出ない。そのはずだ、戦いは 戦う者の精神状態によって大きく左右される。才人とルイズの二人の心に応えるために 多少の疲れなど知らないエースに対して、所詮自分の欲のために殺しをする ノースサタンでは使命感が全然違う。 それに、エネルギーが切れ掛かっているのなら、切れる前に戦いを終わらせればいい。 ノースサタンが、さっさと逃げなかったことを後悔しながら立ち上がったとき、 エースの両手には、二本の巨大な剣が握られていた。 『物質巨大化能力!』 『エースブレード!』 巨大化したデルフリンガーと、ウルトラ念力で作り出された長刀を、二刀流の 形で持って、エースはひるむノースサタンへ向けて最後の攻撃を繰り出していく。 (才人くん、君の力を貸してくれ!) 二つの能力を使って、エネルギー切れ寸前に陥ったはずのエースの体に 不思議な力が満ちていく。そう、エースが武器を持つとき、同化している才人の ガンダールヴの能力も、一時的にエースに加算されるのだ。 そのあまりの加速にノースサタンは反応しきれず、すれ違いざまに二閃の 閃光が交差した。 『ウルトラ十文字切り!!』 ウルトラマンAとノースサタンが交差し、離れた瞬間に勝負は決した。 ノースサタンの首が置物のように胴体から転げ落ち、ついで胴体も引き裂かれる ように左右に向けて、真っ二つになって崩れ落ちたのだ。 それは、宇宙の殺し屋と恐れられた星人の、あまりにあっけない最後であった。 「勝った……な」 ぽつりと結果だけをつぶやき、アニエスはエースブレードを消し、デルフリンガーを 元の大きさに戻したエースに向かって、一部の隙もない敬礼を送った。 感謝の言葉は、いくら言っても足りはしない。けれど、これならば、言いたいことを 言わずとも伝えられる。もちろん、伝わる相手にだけはなのだが、彼女は エースならば理解してくれるものと、なぜか確信できていた。 そして、エースはアニエスにはなにも答えないまま、空を見上げると、また どこへともなく飛び去っていった。 とにかくも、一つの戦いは終わった。 バラバラに散っていた者たちも、ノースサタンの最後を知るや、急いで戻ってきて、 広場には全員欠けていなかったことを喜ぶ声が、少しのあいだ流れ、やがてアニエスは ロングビルの背に担がれたままのミシェルに近づいて、微笑した。 「無事でよかった」 その言葉を聞いたとき、ミシェルは本当に救われた気がした。 「はい……隊長こそ、ご無事で……」 涙ぐむ声で、やっと言葉を返すミシェルの頭を、まるで子供にするようになでて いるアニエスの顔は、隊長という枠をはずした、どこまでも優しいものであった。 「たい、ひょお……」 「もう、いい、もう、なにもはばかる必要はない。もう、誰もお前を傷つけたりは しないさ」 大粒の涙をこぼし始めるミシェルの顔を、アニエスは静かに抱きかかえると、 ミシェルもアニエスの首に腕を回して、彼女の胸に顔をうずめて、大きな声を あげて、幼児のように泣いた。 そう、アニエスも決してミシェルを嫌っていたわけでも、ましてや憎んだ ことなど一度もない、むしろ、誰よりも長く背中を預けて戦ってきた仲間として、 姉妹のような信頼を抱いていた。 だから、課せられた義務を果たさなければならなくなったときには、 自分の半身を切り離すような苦痛を感じていたのだが、才人の捨て身の 活躍のおかげで、二十年と十年、歩んできた時間は違えど、共に利己的な 人間のために人生を狂わされ、孤独と憎悪のなかで生きてきた二人の人間は、 様々な紆余曲折を経て、ようやく心から分かり合えたのだ。 「よかったわね。あ、あれ? なんでわたしまで目からこんなものが……」 かたわらで見ているルイズたちも、いつの間にかもらい泣きを始めていた。 「ようやく、悲劇も終わったのね」 「死んだら、誰も救われないか……そうよね」 キュルケとロングビルも、目じりをこすりながら、自分のことのように喜び、 今度こそ本当の幸せを掴んでほしいと願っていた。 けれど、今回の一番の功労者であるはずの才人は、まだルイズに背負われた ままで眠り続けている。もっとも、ルイズにとっては、自分の泣き顔を見られずに すんでよかったのかもしれないが。 そういえば、ルイズも小さいころ母や姉によく甘えたなと、思い出した。厳しい母は、 近寄りがたい存在だったが、乗馬や魔法の訓練などで疲れきって、屋敷に帰り 着く前に馬の上で眠ってしまったとき、部屋のベッドまで抱いて運んでくれたし、 エレオノールには叱られてばかりだったが、もう一人いる姉のほうには、思い出すと 恥ずかしいくらいベタベタさせてもらったものだ。 そうして、しばらくのあいだアニエスはミシェルがこれまで溜め込んできた 悲しみや苦しみを、涙といっしょにすべて吐き出させてやると、ゆっくりと 離れて彼女に語りかけた。 「ミシェル、お前の選んだ道は、これから数多くの苦難が待っているだろう。 それに、お前のこれまでのことも、清算しなければならん。わかるな」 ミシェルはぐっとうなずいた。許されたとはいえ、罪は罪、もう銃士隊には 戻れない。彼女は、あらためて自分の業の深さを感じ、アニエスに 「これまでお世話になりました」と、別れを告げようとしたが。 「だから、これからのお前の副長としての責務は、さらに重くなるぞ、覚悟しておけ」 「え……」 「どうした。なにを呆けたような顔をしている?」 「隊長、もしかして……私は、銃士隊に残っても、よろしいのでしょうか?」 「なんだ、やめたいのか?」 むしろ意外そうにアニエスは言う。 「そんな……私は」 「私は事務に弱いし、まだまだ隊にはひよっこが多い。銃士隊を早く一人前の 隊にするためにも、有能な補佐役が必要なのだ」 「はい……喜んで」 言葉に詰まって、たったそれだけを答えたミシェルの目には、また新たな きらめきが宿っていた。 「泣く奴があるか、お前以外に誰が私の副官がつとまるのだ? これからも、 よろしく頼むぞ」 「はい……はい……」 まさか、改心したとはいえ背信者をそのまま副長として使うとは、ルイズたちも、 アニエスの度量の深さに驚き、また、人の上に立つものとしてあるべき姿を そこに学んでいた。 ただし、アニエスはその心の奥で、燃え滾る怒りもはぐくんでいた。 そう……自分とミシェルをはじめ、数多くの悲しみを振りまきながら、いまだに 王宮の奥底で安楽に惰眠をむさぼりながら、陰謀をはりめぐらせている 諸悪の根源、リッシュモンに対する怒りである。 思えば、アニエスのこれまでの人生はすべて奴への復讐のためにあった。 人は不毛というかもしれないが、それがこれまでの彼女を支えてきた。 また、ミシェルも内心ではすでにリッシュモンへの復讐を誓っていた。 これは、なにも彼女たちの良心が歪んでいるわけではなく、人間としては むしろ当然の感情の帰結であった。ただし、それを公然と口に出せば才人を 悲しませてしまうと思うだけの理性のリミッターも働いていたので、今は 心の中に眠らせていた。 「ところで、これからどうなさるんですの?」 キュルケにそう問いかけられると、アニエスは気持ちを現実に切り替えて 考えた。少なくとも、今のところはミシェルの粛清は思いとどまったが、 トリステインで反逆者として手配されている状況には変わりない。このままでは、 二人とも国に戻ることはできないし、悪くすればティファニアのように人目を 避けて隠遁生活に入るくらいしか道はなくなる。 「方法があるとすれば、この陰謀の真の原因を明らかにし、それを阻止することに よって生まれる功績で罪を相殺することだ」 実際、それ以外にミシェルの社会的生命を確保する方法はないように思えた。 裁判にかけられるにしても、ワルドなどと違って情状酌量の余地はあるし、 うまく内乱を終結させれば、その祝いの恩赦も期待できる。 「しかし、手配犯を連れて行動することは、あなたにとっても危険ではありませんの?」 「ここまで来たら覚悟の上だ。それに、王党派とレコン・キスタの両方がすでに ヤプールの手中に落ちているとすると、私がのこのこウェールズに会いに行っても、 飛んで火にいる夏の虫だし、ヤプールが最終的になにをたくらんでいるのかまでは まだわからんから、レコン・キスタに探りを入れるなら、内情に詳しいミシェルが いてくれれば何かと助かる。もう、レコン・キスタに未練もあるまい」 「ええ、もう目が覚めました。これから私は、自分で選んだ正義に従っていきます」 依存から自立へ、それもまた地球人類がウルトラマンから得た意思であり、 才人を通じて、また一つ受け継がれていった。 しかし、意思はあっても重体であることには変わりなく、それをロングビルに 指摘されると、ミシェルはまだ到底立ち上がれる状態ではないにも関わらずに、 ひざをついて立ち上がろうともがいた。 「私なら大丈夫だ。隊長のお気持ちを、無駄にするわけには、いかん」 そう言いながらも、やはり肉体のダメージは補いがたく、腰を上げかけたところで 崩れ落ちて、危うくロングビルに抱きとめられた。 「無茶をするな、普通なら数ヶ月はベッドから動けないような傷だ。いくら銃士隊員が 鍛えているとはいえ限界がある。当分はサイトにでも背負わせるから、それで よかろう」 その瞬間、ミシェルが一瞬喜色を、ルイズが微妙に頬を引きつらせたのを キュルケは見たのだが、止めないほうが後々面白いことになりそうなので黙っていた。 ただそれでも、それが綱渡りなことには変わりなく、場合によってはアニエスまでも 反逆者の共犯として処分されてしまう可能性もある。いや、ミシェルのことを知っている リッシュモンならば、裏に手を回して必ずそうするとアニエスは確信している。 実は、アニエスは先だってのホタルンガによる貴族の大量殺人で、リッシュモンが 被害者にいなかったことに安堵していた。もちろん、自らの手で裁きを下すためである。 奴は、国家機構の深部に巣食う寄生虫のようなもので、目立たず、無害を装いながら 肉を食い荒らし、内臓の奥深くに住み着いている。奴は、その悪辣さもさることながら、 危険を回避する保身能力の高さゆえに、これまで生き残ってきた。 しかし、リッシュモンに深い憎悪を抱くアニエスは、奴を地獄に叩き込むために ずっと用意を整えてきたのだ。 「ミシェル、今のお前ならば話してもよかろう。実は、アンリエッタ王女も、リッシュモンの 背信行為には気づいている。だから、お前も……」 アニエスがなにやらミシェルの耳元で二言三言ささやくと、ミシェルも強い意志を 込めた目でうなずいた。それに、リッシュモンさえ倒せば、宮廷内の反アンリエッタ勢力は 完全に力を失う。かなり危険な賭けだが、ミシェルの協力が得られるのであれば かなり確実性は増すだろう。 「だがそれも、このアルビオンで起きている異変を解決できたらばの話だ。なにせ 相手は総勢二十万の軍隊だ。こっちは十人にも満たん」 「ウェールズは、三日後にレコン・キスタとの正面決戦に打って出ると言っていました。 今からだと二日後になりますか、何かが起こるとしたらそのときだと思います」 「だろうな。しかし、何かが起こってからでは手遅れということもある。危険だが、 王党派に探りを入れてみるしかないか」 ヤプールが何かを王党派やレコン・キスタを利用して進めようとしているならば、 その準備がおこなわれているはずだ。その証拠に、ブラック星人などを使って、 周辺住民などをなかば強制的に集めている。 ただし、下手をすれば戦争のど真ん中に巻き込まれてしまうか、ヤプールの 陰謀にまとめて捕まってしまうこともありうる。けれど、遠くから眺めている だけでは何もわからない。 「ようし、それでは時間がない、いく、ぞ……」 そう言いかけて、アニエスは全身を貫いた疲労感に襲われて、倒れ掛かる ところをかろうじてキュルケに支えられた。 「無理をなさらないほうがよいですわよ。あなただって相当に疲労してるじゃあ ありませんか」 荒い息の中で、アニエスは自分の肉体のもろさを嘆いたが、それもやむを えないところではあった。トリステインで内通者の狩り出しをおこなってから、 そのままアルビオンまで強行してきて、この村にたどり着くまでまったく 休みなしで、しかも才人との決闘やノースサタンとの激闘をしたとなっては、 いかに鍛え上げたアニエスの体もスタミナを使い果たしていた。 彼女はロングビルに何らかの反論をしようとしたが、自分の足でまともに 立つことすらできない状態では、なにを言っても説得力はないので、仕方なく まずは呼吸を整えることに専念した。 「今日のところは、この村で休んで、調査は明日からにしたほうがいいでしょう。 その体では、また敵と遭遇したらとても戦えませんわよ」 「仕方がないな……」 アニエスは、彼女にしては珍しく妥協した。いかな豪胆な彼女でも、才人、 ミシェル、それに自分と、半数以上がまともに動けない状態では、なにも できないということはわかっていた。時間はない、だが、少なくとも一晩の 休息をとれば才人と自分は動けるくらいには回復できるだろう。 無茶は禁物か……焦る気持ちはあるが、あと二日なら半日くらい休養に 使っても余裕はあるだろうと、彼女はなんとか自分に言い聞かせた。 太陽は、真昼の光芒から、わずかな紅さを持ったものに変わりつつあった。 小村の家屋は、半数は戦いの巻き添えで哀れにも倒壊したものの、 幸いにも一行が寝泊りするのに充分な家は残されていた。もちろん、 無断で借りるのであって、住民が戻ってきたときは、台風にでもあったと あきらめてもらうしかないのが心苦しいところなのだが。 「壊れた家のところには、少しお金を置いていきましょう。申し訳 ありませんが、それくらいしかできませんわ」 ロングビルの妥協案に、一行はやむを得ずうなずいた。幸い、ルイズや キュルケの財布には予備の金が残っているし、アニエスも旅立ちのときに 旅費としてそれなりの金子を持ってきている。木造の小さな小屋のような 家ばかりの小村なら、建て直すのに充分とはいえなくとも家具代くらい にはなるだろう。 その後、一行はよさそうな家に才人とミシェルを寝かせて、ロングビルが 住人が残していった食材で夕飯を作る間、それぞれ休息をとり、やがて 才人が目覚めて、アニエスがミシェルの処刑をおこなうのを中止、正確には 無期延期したのを、飛び上がるほど喜んで、全身打撲を思い出させられた あとにベッドに逆戻りさせられた。 簡素だが、ティファニアの師匠筋のロングビルの料理は、疲れきった 一同の体から疲労を追い出し、新鮮な息吹を吹き込んでくれた。 「さあて、じゃあ明日は早いから、さっさと寝ましょうか」 「はーい」 くたくたに疲れきった一同は、睡眠欲にまかせるままに、ベッドに 倒れこんでいった。もしかしたら、これが最後の眠りになるかもしれないが、 世界が滅べばどのみち死ぬのだから、彼女たちは案外な豪胆さで さっさと意識を放り出していった。 ルイズ、キュルケ、ロングビルが、ベッドの上で健やかな寝息を立てている。 ミシェルは、これまで眠っているときにさえさいなまされてきた重りから 開放されて、何年かぶりかの熟睡を味わっていた。 そうして、数時間ほどが流れて、ふと目を覚ました才人は、外の空気を 吸ってこようかと家の外に出て、壁にもたれかかるようにしながら 立っているアニエスを見つけた。 「眠らないんですか?」 「全員で寝て、万一奇襲を受けたら目を当てられないだろう。私はここで 見張りをしていよう。心配しなくても、立ったまま眠る訓練はしてあるから、 朝までには疲れをとっているさ」 才人は、はぁと答えながら、やっぱりこの人は並じゃないな。我ながら、 よくもまあこんな人に決闘を挑んだものだと、自分自身にあきれていた。 「アニエスさんに追いつくには、あと十年はいるかなあ」 そこでアニエスは、百年早いと言ってやろうかと思ったが、さすがに 意地悪もほどほどにと考え直して、話題を転じた。 「お前こそ、もう立って歩けるのか?」 「傷の治りは早いほうなんですよ、伊達にこれまでルイズの折檻に耐えてきた わけじゃありませんって」 笑って答える才人に、今度はアニエスのほうが呆れる番だった。もちろん、 才人が成長期で、傷の治りが早いというのもあるが、同化したウルトラマンAに 治してもらっているのだとまでは、さすがに言わない。 やがて二人は、二言三言、他愛もないことを話したあとで、決闘のこと、 ウルトラマンのこと、そしてミシェルのことを話した。 「本当に、いろんなことがありましたね」 「まったくな」 そのいろんなことを起こした原因はお前だがなと、アニエスは内心で思った。 初めて会ったときは、確かトリステイン王宮の廊下だったか、あの時は、 貴族の坊ちゃん嬢ちゃんたちの付属品くらいにしか思っていなかった やつに、まさか自分が戦って勝てないことがあるなどと、本当に想像もしなかった。 「お前には、私たちにはない強さがあるのかもしれないな」 「え? なんですって?」 「なんでもない。さあ、それよりもそろそろ眠らないと、回復するものも 回復しないぞ、子供は今のうちにいい夢を見ておけ」 「はーいっと」 才人は、返事と同時に大きなあくびをしてアニエスに手を振って見せた。 子ども扱いされたのは心外だが、実際彼女から見れば子供なのだから 仕方がない。 けれど、家のドアを開ける前に、才人は思い出したようにアニエスに 頭を下げた。 「なんの真似だ?」 「まだ、お礼を言っていなかったから……ミシェルさんを、許してくれて ありがとうございました」 「別に許してなどいない。いずれ、お前との決着は必ずつけるからな」 「そのときは、今度はおれが勝ちますよ」 「で、ミシェルの身柄をもらって、嫁にでもするつもりか?」 才人の顔が、動揺のために一気に赤くなったのが、月明かりの中でも アニエスにはわかりすぎるくらいわかった。 「い、いえ! ミシェルさんは……おれにとって、その、姉さんみたいな ものだから」 「ほう、姉か」 「ええ、おれには、姉妹がいないから……だから、お姉さんってのが いたら、あんなふうなのかと思って」 その、どことなく寂しそうな才人の声を聞いて、アニエスは、わずかに 目を細めた。才人が、ルイズに召喚された使い魔であることは彼女も ずっと前から知っている。それはすなわち、彼にとって家族や友人と、 強制的に離別させられたことを意味する。表面上は明るく振舞っているが、 人間はそんなに長く孤独に耐えられるほどに強くはない。才人は、 才人なりに孤独と戦ってきたのだと、アニエスは彼が誰よりも絆を大切に する理由の一つを、知ったような気がした。 「ふっ、そうだな、お前には、ミス・ヴァリエールがいたんだったな…… ふふ、もういい、寝ろ」 「あっ、はいっ!」 「おっと、ちょっと待て」 踵をかえそうとする才人を、アニエスは呼び止めると、壁に背中を 当てて目を閉じた。 「私もそろそろ眠くなってきた。朝まで一眠りさせてもらおう。だから、 これから言うことは、すべてただの寝言だ。朝になっても、何も覚えて いなかった、いいな」 「あっ、はい」 才人がうなずくと、やがてアニエスは呼吸を整えて、独り言のように つぶやき始めた。 「……お前はいいやつだな……」 「えっ?」 「今回のこと、頭を下げて礼を言わなければならんのは私のほうだ。 お前のおかげで、私も部下殺しという業を背負わずにすんだ。 あいつを、殺さなくてすんだ……本当に、感謝する」 アニエスは、のどに突っかかるように、とつとつとつぶやき続け、 それが涙をこらえているということは、才人にもわかった。 「だが、今度の戦いは、ヤプールも国そのものを利用しようとしている 以上、私もお前たちを守りきる自信はない。だから、私に万一の ことがあったときには、お前が皆を連れて逃げろ」 「そんな、アニエスさんを見捨てるなんてできませんよ」 「むろん、あくまで万が一さ、私も、なすべきことが残っている以上、 むざむざ死ぬ気はない。しかし、私一人の力でできることは限られている。 だから、そのときは、ミシェルを、私の大切な部下……いいや…… 私の、大切な妹を、守ってやってくれ」 「……はい!」 一切の迷い無く、才人は約束した。 夜は深まり、月は沈んで、また朝が来る。けれど、その夜のことは、 誰にも知られず、二人も朝になったら一言も口にすることはなかった。 だがそのころ、ノースサタンがウルトラマンAに敗れ去ったことを知った ヤプールは、次元の裂け目から下僕たちに新たな指令を与えていた。 「うぬぬ……まさか、エースに我々の作戦を気づかれてしまったのでは あるまいな。こうなればやむをえん、作戦の発動を一日早めるのだ! 明日を持って、この茶番劇を終わらせてやれぇーっ!」 禍々しい叫び声が、王党派とレコン・キスタの最高司令官の部屋に 木霊する。果たして、ヤプールがたくらんでいることはなんなのか、 才人も、ウルトラマンAも、まだそれを知らない。 続く 前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/8606.html
前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔 第六十二話 新造探検船オストラント号 すくらっぷ幽霊船 バラックシップ 登場! 六千年の間、国家間のいさかいやエルフへの遠征はあれど、平和と秩序を保ち続けてきた世界・ハルケギニア。 だがその平和は、突如この世界に襲来した異次元人ヤプールの侵略によって、無残にも砕け散った。 才人とルイズは、ウルトラマンAの力を借り、ヤプールの侵略を食い止め続けてきたが、時が経つにつれて予想も しなかった事態が起きてきた。ヤプールの侵略による混乱につけいるかのように、この世界の人間たちの中にも 不穏な動きを見せ始める者も現れたのだ。 虚無の力を狙い、何度も卑劣な攻撃を仕掛けてきたガリアの王ジョゼフ。かつて地球で、怪獣頻出期の混乱に つけいって多くの宇宙人が侵略をかけてきたように、彼の存在を皮切りにロマリアも動き出した。 ワルドを傀儡とした何者かの陰謀は撃破したものの、同時に多くの謎も残した。 誰が、何の目的を持って人間の怪物化をはかったのか? すべては闇の中に消えた。 代わりに残ったのはルイズの新たなる虚無の魔法の覚醒。瞬時に別空間への転移を可能にする呪文・テレポート。 完全に成功すると思われたワルドの計画を頓挫させたこの魔法は、さすがに伝説の系統にふさわしい驚異的な 効果を発揮した。だがその反面、連続する虚無の覚醒はこの世界に迫り来る暗雲の厚さをも想像させた。 地下に潜んで強大化の一途をたどる数々の悪の勢力、もはや躊躇している時ではないとアンリエッタは決断した。 ジョゼフや、まだ影もつかめない謎の勢力も確かに脅威だ。しかし彼らの暗躍する土壌となり、この世界を狙う 最大の敵はヤプールにほかならない。生物の邪悪な思念・マイナスエネルギーを糧とするヤプールのパワーアップを 止めるには、この世界で六千年間続いてきたエルフとの不毛な争いに終止符を打つしかないのだ。 アンリエッタは、現在唯一エルフとのつながりを持ち、なおかつエルフが潜在的に恐れている虚無への敵対心を 消し去れる可能性を持つルイズに白羽の矢を立てた。 しかし前途は険しい。エルフの大多数は人間を蛮人と呼んでさげすんでおり、その強力な武力を持って、ためらう ことなく攻撃を仕掛けてくるだろう。しかもエルフの国、いまだ人間が到達したことのないはるか東の果てに向かうためには、 通常の手段では不可能だ。 だがその不可能を可能にするため、現れたエレオノールとコルベールは希望の名を告げた。 「行かせてあげるよ君たちを、私たちの作った新型高速探検船『東方(オストラント)号』でね!」 エレオノールとコルベールの語る『東方号』とは何か? ハルケギニアを狙う、飽くなき邪悪の増長に反旗を掲げるために、人間側の逆襲が始まろうとしていた。 戦いの夜が明けて、ラ・ロシュールの街は最大最後の熱狂の渦の中にあった。この一ヶ月、トリステインで盛大かつ 華麗な婚礼の儀をあげてきたアンリエッタとウェールズ夫妻が、今日いよいよもうひとつの母国であるアルビオンへと旅立つのだ。 昨夜のウルフファイヤーとの戦闘はかん口令が敷かれ、一般大衆はほとんど知らない。豪奢に飾られたお召し艦が 桟橋を離れ、夫妻はその脇をカリーヌとアニエスに護衛されながら、見送りの人々へと感謝の手を振る。 「みなさまありがとう。アルビオンとトリステインの変わらぬ友好を築き上げるため、わたしたちは行ってまいります」 陽光を受けてきらびやかな輝きを放っているかのような夫妻の門出だった。見送る人々もそれを受けて、喉も 枯れんばかりの大歓声とともに見送る。桟橋の上には国に残る重臣や各国の大使、世界樹のほかの枝にも 一目見ようと多くの人々があふれ、世界樹の根元やラ・ロシュールの建物の屋上などにも手を振る人は尽きない。 しかし、その中にルイズたちの姿はなかった。そのころ才人、ルイズ、ティファニア、ルクシャナの四人はすでに街を 離れて、銃士隊の一個小隊とともに南へ向かっていたのである。目的地はラグドリアン湖の東方にある分湖の 対岸にある造船所街。ラグドリアン湖そのものは、ガリアとトリステインの関係を良好に保つためと、水の精霊への 敬意を込めて軍事施設等の建設は条約で禁止されているが、その奥にある河川や小さな湖は両国共に存分に 利用していた。 「着いたぞ、降りろ」 街の入り口のある馬車駅で、四人は乗ってきた馬車から降ろされた。ここでは軍備増強中のトリステイン空軍の 軍艦が続々と建造されているので、木材や鉄鋼を搬送する荷車や人夫でとてもにぎやかだ。最近では、先日の 観艦式でお披露目された巡洋艦なども、ここで建造されたものが数隻混じっている。 才人は、船台上でマストを立てられている軍艦や、道を荷車に載せていかれる大砲を見て感嘆の吐息を漏らした。 軍備は理想的な平和主義者からしたら悪の象徴と言われる。確かにそれは一端の真実であるのだが、この世には 他者のものを奪い取って恥じず、むしろそれを誇るような人間や国がいるのも事実だ。人間という生物の目を 逸らしてはいけない愚かしい一面だが、この世が完璧な理想世界とは程遠い以上、一定以上の軍事力は国家に とって必要とされる。 もちろん、戦力の拡充のしすぎは財政の悪化を呼び、守るべき国を戦争に駆り立てるという本末転倒な事態を 招く。なにせ軍隊とは一粒の米も、一滴の酒も生み出さない、いるだけで金食い虫となる存在なのだ。それを 防ぐためには、為政者の拡大の限界を見極めて手を引く冷静な判断力が必要となる。来年早々に女王となる アンリエッタの重要な課題となるだろう。 「やあ諸君、よく来たね。歓迎するよ」 「全員無事到着した。案内を頼む」 才人たちの降り立った馬車駅には、コルベールとエレオノールが先に来て待っていた。二人はラ・ロシュールで 才人たちにおおまかな説明をした後に、出迎える準備をすると言って竜籠で一足早く帰っていたのだ。 こちらの人員は、才人たち四人のほかは「ルイズたちの手助けをしてやってください」と、アンリエッタ直々に 命令を受けた銃士隊の一個小隊三十名で、指揮官にはミシェル。本来ならば近衛部隊である銃士隊の副長が 残るなどは考えられなかったが、アニエスとアンリエッタの二人の同時指名で決定されたのである。 なお、この人事を後で耳にしたとき、当初ルイズが渋い顔をしていたが、主君からの命令とあっては言いだてもできなかった。 そんな娘の様子を見て、母カリーヌは無表情の仮面の下で嘆息していたが、娘はむろん知る由もない。 コルベールとエレオノールの出迎えを受けた一行は、そのまま二人の案内で造船所内を進んでいった。 ここはトリステイン軍の直轄の施設なので、許可のない者は立ち入りできないために、さすがに奥に行くほど 物々しくなっていく。 ここで、例の『東方号』という船を建造しているのだろうか? 才人は立ち並ぶ数々の軍艦や輸送船を眺めながら 思った。王宮ではコルベールは「ここではどこで誰が聞き耳を立ててるかわからないからね」と、才人たちは『東方号』に ついてほとんど具体的な説明を受けていなかった。わかっていることは船名と、それが高速探検船という聞きなれない 別名を持つということだけ。 ルイズも、コルベール先生とエレオノール姉さまとは、なんとも珍妙な組み合わせだと不思議に思った。二人に接点が あるとすれば教鞭をとっていることと、アカデミーのつながりが思いつくけれど、二人が揃って仕事をしているとは知らなかった。 まさか、この二人できてるってことは……ないわねと、ルイズは姉に向かってけっこうひどいことを思うのだった。 さらに疑問を深めているのがルクシャナである。知識の虫である彼女は、サハラを越える能力があるという新型船とやらに 大いに興味をよせていたが、ここに来て尋ねても、コルベールは後のお楽しみだと教えてくれない。コルベールは自信満々な 様子だが、ルクシャナも人間への蔑視を完全に捨てたわけではない。これまで何百回、思いつく限りの方法を使って 攻めてきたくせに、一度もサハラを踏めなかった蛮人が作った船に、何十という障害と妨害を突破してサハラを越える という、前人未到の偉業をおこなえる力があるのか? 自然に才人やルクシャナは、表情に疑問の色が浮かんでくるのを抑えらなくなっていった。すると、教師としての 面目躍如か、敏感に彼らの不満を感じ取ったコルベールはようやく口を開いた。 「いや、もったいぶってしまってすまないね。どうも物事にいらない前置きをつけてしまうのは私の悪い癖だ。そのせいで 授業がつまらないと常々言われるのにねえ。サイトくん、私がいろいろな未知なるものを見たいと思っているということを 前に言ったね。だから私は手当たりしだい、あらゆる手段を使って未知を求め、さらなる未知へ挑戦しようと試みてきた。 その答えのひとつが、君の見せてくれた、あの”ひこうき”だ。あれほどのものは、我々の技術では到底つくれない。 しかし、私はあきらめたくなかった。そのとき、興味を示してくださったのがミス・エレオノールだった」 「ええ、私も正直あんなものは見たこともなかったわ。でも、一時は興奮したけど私はすぐにあれは再現不可能だと 結論を出したわ。それをこのハゲ頭ったら本気で自分でも作ろうなんて考えて……バカとしか言いようがないじゃない」 「はは、でもあなたが協力してくれなければ、私の夢はおもちゃで終わっていたでしょう。学者の本能というですかな?」 「勘違いしないで。婚約がふいになって、たまたま式の費用が浮いてただけよ」 エレオノールは、ぷいっと横を向いてしまった。こういうところはさすがルイズの姉だけあって、よく似ている。しかし、 まだ疑問の核心にコルベールは答えていない。東方号とは結局なんなのか? 知りたいのはそれだ。じらされて いらだつ才人たちに、コルベールははげ頭にわずかに残った髪をばつが悪そうにかいた。 「いやいやすまん。またまた悪い癖が出てしまった。しかし、もう一言だけ言わせてもらうとしたら、私はサイトくんの おかげでハルケギニアの外の世界をどうしても見てみたくなったのだ。そして、もう待ってもらう必要はないよ。なぜなら、 ここが目的地だからね!」 コルベールは足を止め、手を高く掲げて見せた。そこには、才人たちがまるで小人に見えるような巨大な建物が、 威圧するようにそびえていた。 しかし、それは単に大きな建物ではない。船を建造するための、造船施設の見せる氷山の一角に過ぎないのだ。 この中に『東方号』が……才人たちはごくりとつばを飲み込むと、コルベールに続いて施設に足を踏み入れていった。 天幕で覆われた、全長二百メイルほどの船台。他の軍艦や商船が建造されている船台とは明らかに様相が異なり、 外からは内部が一切うかがい知れないようになっている。しかも入り口にはラ・ヴァリエールのものと思われる私兵が、 入場者を厳しくチェックしており、軍艦並みの警戒厳重さを見せていた。 入り口で誰かが化けていないか、魔法で催眠にかけられていないかを検査されると、ようやく分厚い鉄ごしらえの 門が開いて一同を受け入れた。内部はまるで東京ドームのように広大で、一同はここでなにが作られているのだと 息を呑む。しかし内部は天幕のおかげで薄暗く、なにやら巨大なものが鎮座しているのはわかるけれど、全体像を 把握することはできなかった。 コルベールは一同にそこで待つように言い残すと、エレオノールとともに壁に取り付けられたなにかの装置の前に立った。 「待たせてすまなかったね。すでに艤装は九割五分完了している。本来ならば、一〇〇パーセントパーフェクトに なってから動かしたかったが、現在でも航行・戦闘ともに支障はないはずだ。さあ見てくれ、これが私の夢の第一歩であり、 君たちを運ぶハルケギニア最速の船、『東方号』だ!」 スイッチとともに天幕の中に白い明かりが満ち満ちる。一般に使われている魔法のランプの仕組みを大規模に したものであるらしいが、悪いけれどエレオノールのそんな説明は耳に入らない。才人たちの目の前には、想像を 一歩も二歩も超えた異形の船が鎮座していたからだ。 「こ、これは……船、なの?」 全容を眺めたルクシャナが思わずつぶやいた。彼女の知識層には、専門外の事例ながらエルフの艦船について おおまかに記録されており、人間たちが使う船についても文献で見てきたが、このような形式の船は初めて見る。 いや、正確に言えば船の形はしている。船首から船尾までの設計様式はハルケギニアでポピュラーな形式の 帆走木造船で、それだけ見ればなんの変哲もない。しかし異彩を放っているのは、舷側から大きく側面に張り出した 翼にあった。 通常、風石で浮力を得るハルケギニアの空中船は、地球の木造帆船に似た船体に鳥のような翼を取り付ける。 そのため地球育ちの才人などからすれば船と白鳥が合わさったような印象が持て、さすがファンタジーだと妙な 感想が出る優美な姿をしている。 だが、この船に取り付けられている翼は優美さとは無縁なものだった。地球の航空機のような直線と曲線でできた、 強いて言うならジャンボジェット機のそれに似た金属製の翼が取り付けられていた。差し渡しは一三〇メイルはあろうか、 エルフの世界にも鋼鉄軍艦は存在するけれど、こんな形の翼はどこにもない。 それだけではなく、その翼には後ろむきに明らかにプロペラとわかる巨大な装置が取り付けられていた。この翼に、 あのプロペラの形……才人の中にあった予想が、一瞬で確信に変わって口からこぼれ出る。 「先生! こいつは、おれのゼロ戦を!」 「ああ、そのとおりだ。この船は君が持ってきてくれた”ひこうき”を研究して、私なりに再現したものだ。従来の船では 風任せで、翼は姿勢制御くらいの役目しか果たせていなかったが、この船は違う。風石で浮遊するところは同じだが、 あの翼が巨大な浮力を発生させて風石の消費を抑えてくれる。そして、なによりも目玉があの両翼に一基ずつ 配置された”えんじん”から突き出た風車が、この船に圧倒的な加速を与えてくれるはずだ」 「すげえ……先生、すごすぎるぜ!」 才人はまさしく天才を見る目でコルベールに熱い視線を送った。あのゼロ戦一機から、こんな巨大な船を作り上げて しまうとは常人のなせる業ではない。 「いやあ、そうしてほめられるとむずがゆいというか……はは」 得意そうに笑うコルベール、そこへのけ者にされていたエレオノールが不満そうに割り込んできた。 「ちょっと、あなただけの功績みたいに言わないでちょうだい。この船の建造費に私がいくら出したと思ってるの? それに、 この船の翼を支えるための百メイル以上の鋼材の製作、私をはじめアカデミーのトライアングル以上のメイジが 何人がかり必要になったとおもってるの?」 「もちろん感謝しているさ。私はえんじんは作れても、船にはてんで無知だからね。設計図の製作から実際の建造まで、 下げる頭が万あっても足りない思いだ」 「ふん、あんたの頭を見てありがたがる人間がいたらお目にかかってみたいわ。まあ、アカデミーが全壊して、施設が 再建できるまで研究員たちを遊ばせておくこともないし、メカギラスやナースの装甲を研究した成果も試したかったから、 いい機会ではあったけどね」 なるほどと、ルクシャナは納得した。トリステインの冶金技術では、百メイルを超えて、なおかつ強度のある鋼棒の 製作はメイジの技術を持ってしても不可能だが、宇宙人のロボット兵器に使われていた超金属を研究して、それに 対抗できる金属の作成を前々から図っていたのか。 しかし、研究者であるルクシャナは二人の説明と東方号の外観から、すでにいくつかの疑問点を抱いていた。 「ところで、えんじんだっけ? あのでかぶつをどうやって動かすの? 見るところ、羽根の直径だけでも十メイルは ゆうにあるわ。あんなものを、推力を生み出せるほど回すには相当な力が必要なはずよ」 するとコルベールは、よくぞ聞いてくれたとばかりに満面の笑みを浮かべた。 「よい質問です。あのえんじんの中には、石炭を燃やす炉と、その熱量を使って水を沸かし、発生する水蒸気を閉じ込めて 強力な圧力を生み出す釜が入っています。羽根を動かす動力は、その圧力を利用します」 「水蒸気……そんなものを利用するの!?」 「なめたものではありませんよ。水を入れてふたをがっちりした鍋を火にかけると、やがて鍋をバラバラにするくらいの 爆発を起こす力が出るのです。本当は、ひこうきのえんじんに使われていた、油をえんじんの中で爆発させて圧力を得る 仕掛けのほうが小さくて済むのですが、機構が複雑で精密すぎて現在の私の技術では再現は無理でした。しかし、 この水蒸気式のえんじんでも、相当な力は発揮できるはずです。私はこれを、水蒸気機関と名づけました」 自信満面でコルベールは言った。しかし、ルクシャナはまだこの船には、どうしても聞かねばならない難点があることを見抜いていた。 「たいした自信ですね。でも、さっきから聞いていれば、あなたの説明はすべて”はずだ”ばかり。もしかして、この船は まだ一度も飛んだことがないんではないですか?」 「見抜かれたか、さすがアカデミーの逸材と言われるだけの方だ。ご明察どおり、この『東方号』はまだ飛行テストも おこなっていない未完成品だ。いや、本来ならば『東方号』と名づけるのは、この後の船になるはずだったのだ」 「つまりこれは、本来は新型機関を試すための実験船だった?」 「そのとおりだ。私たちはこの船を使って、あらゆる実験をおこない、そのデータを元にして完成品の東方号を建造する 予定だったのだ」 自信から一転して、苦渋を顔に浮かべてコルベールは言った。するとエレオノールも気難しそうな顔で東方号を見上げる。 「軍から先の内戦で姫さまをアルビオンにまで運んだ、高速戦艦エクレールの実戦データももらってるけど、それでも この船からすれば旧式に入るわ。なによりこの船は、建造期間の短縮をはかるために、船体は建造中だった高速商船の ものを流用してあるから、高速飛行をしたときに船体がもつかは未知数よ。それに、エルフの艦隊に迎撃を受けたとしたら、 当たり所によっては一発で沈没する危険もはらんでるわ」 ぞっとすることを言うエレオノールに、才人たちは思わず顔を見合わせた。しかしそれでもコルベールは言う。 「しかし現在、エルフの国に到達できる可能性が少しでもあるのはこの船しかない。姫さまは、その可能性を信じて 我々に指名をくださった。研究者としては失格かもしれんが、私も万全を待っていては手遅れになると思う。だから私は、 暖めていた『東方号』の名をこの船につけたのだ!」 断固として言い放ったコルベールの迫力に、才人たちはのまれた。研究者として、不完全な代物に教え子たちを 乗せるには相当な苦渋があったはずだ。恐らく、出撃を命じたアンリエッタとの間にも激論があったことだろう。 それでも動かすことを決めたからには、尋常な覚悟ではない。 「僭越ながら、私は船長としてこの船に乗り込む。その大役ゆえに、船が沈むときは運命を共にする覚悟で望むつもりだ。 ん? サイトくん、そんな顔をするな。それくらいの覚悟で望むということだよ」 からからとコルベールは笑って見せた。才人やルイズはほっとしたものの、いざとなったら殴り飛ばしてでもコルベールを 船から降ろす必要があるなと、別の覚悟を決めた。 新造探検船オストラント号……それはコルベールがハルケギニアの外にある、あらゆる未知への好奇心を形にした 鋼鉄のうぶ鳥。早産を余儀なくされたこの鳥が、見かけだけ派手で飛べない孔雀で終わるか、それとも大空を支配する フェニックスとなるかは誰にもわからない。 それにまだ、この船には飛び立つためにもっとも重要なものが欠けている。それをミシェルは指摘した。 「ミスタ・コルベール、あなたの決意のほどはわかった。しかし、これほど大規模な仕掛けを施された船を誰が動かすのだ? 機密保持のために空軍の水兵や一般の水夫は借りられない。ただ動かすだけなら、我ら銃士隊一個小隊三十名いれば 可能だろうが、未完成な船で戦闘航行しながら進むのはさすがに不可能だぞ」 強靭な心臓があって類まれな翼を持つ鳥も、体の中を流れる血液がなくては羽ばたくことはできない。そう言うミシェルに、 コルベールはそのとおりだとうなづいた。船は巨大で精密な機械だ。帆を操り、舵をとり、周囲を見張り、風を読み、 この船の場合は機関制御の複雑な工程も加わるので、三十人ではどうやりくりしてもギリギリだ。それだけではなく、 厨房で働く者もいるし、戦闘を不可避とすれば兵装を操り、魔法をぶっ放す戦闘要員がいる。しかもまだ終わらない、 負傷者を治療する者や損傷箇所を応急修理する要員も大勢必要だし、それらの人員が負傷したときに交代する要員もいる。 つまり、戦闘艦とはまともに運用しようと思ったら膨大な人間を必要とするのだ。たとえば百メートルをわずかに超える 程度の駆逐艦でも、乗員は二百名を軽く超える。この東方号はどう見積もっても、六十名から七十名の船員が必須となる。 銃士隊と才人たちでは半分しかいない。むろん、片道だけで生還を帰さないのなら別だが、これは特攻ではなく無事 到達して帰ってくることが絶対条件の作戦だ。 ところがそれをコルベールに問いかけようと思ったとき、コルベールはにんまりと笑った。そして、船に向かって手を上げると叫んだ。 「おーいみんな! もういいだろう、そろそろ出てきたまえ!」 「あっ! 先生、もう少しじらしてから出ようと思ってたのに。しょうがない……やあサイト、待っていたよ!」 「あっ、お、お前!」 聞きなれた声と、タラップからきざったらしくポーズをとって降りてきた金髪の少年を見て、才人は叫んだ。 「ギーシュ! それに、お前らも」 薔薇の杖をかざして現れた三枚目に続いて、船内から続々と現れた面々を見て才人やルイズは目を疑った。 レイナールにギムリ、水精霊騎士隊のメンバーたち。それだけではなく、モンモランシーや少年たちと懇意の少女たちもいる。 これはどういうことかと仰天する才人たち。ギーシュはその顔がよほど見たかったのだろう、得意満面で説明をはじめた。 「なぁに、簡単なことだよサイト。ぼくらも、姫さまから密命をいただいてここに参上していたのさ。事情はすでに聞いているよ。 ぼくら水精霊騎士隊の総力をあげて、君たちに協力しようじゃないか」 「姫さまが……てことはお前ら、この船がどこに行くのかも知ってるのかよ?」 「むろんさ。目指すははるかな東方、エルフの国。そちらの麗しいお嬢さん方がエルフだということも聞いているさ。 それにしても、エルフとはもっと恐ろしげなものだと聞いていたが、これはなんと美しい! お嬢さん、昨日は話す時間も なかったが、よろしければお名前など……」 「教えてもいいけど、あなた死ぬわよ」 「へ?」 ルクシャナの視線の先を追ったギーシュは、そこに大きな水の球を作り上げて、引きつった笑いを浮かべているモンモランシーを見た。 「ギーシュ、さっそくバラの務めとはご苦労なことね。し、しかも相手がエルフでもなんて、節操なしにもほどがあるわよ!」 「ま、待っ!」 言い訳は言葉にならなかった。魔法の水の球に頭を呑みこまれ、ギーシュはおぼれてがぼがぼともがいている。 いったいなにがしたかったんだあいつはと、彼の仲間たちはおろか、才人とルイズや銃士隊も呆れて助ける気も起きない。 しかしこのままでは話が進まないので、隊の参謀役のレイナールがあとを継いだ。 「やれやれ、隊長がお見苦しいところをお見せしてすいません。ま、サイトももうだいたい見当がついていると思うけど、 見てのとおり東方号にはぼくらがクルーとして乗船するよ。そのために、姫さまはぼくらに正式に水精霊騎士隊の称号を 与えてくれた。つまりぼくらは今やトリステインの正式な騎士だ。これで頭数は銃士隊の皆さんと合わせて七十人を超える。 定数は十分満たすはずだ」 「お前ら、だが!」 これは今までとは危険の度合いが違う。それがわかっているのかと才人は叫びかけた。だがレイナールは才人の 言葉を手をかざして防ぎ、ギムリとともに言った。 「おっとサイト、やぼは言わないでくれよ。世界が消えるって瀬戸際だ。それにぼくらは元々貴族、いざというときの覚悟は できている。それに第一、もしも君がぼくらの立場でも同じ事をしたはずさ。友達だものね」 「危ない橋だったら、もういっしょに何度もわたってきたじゃんか。二度も三度でもピンチには杖を持って参上するのが、 貴族の責務であり名誉だぜ。な、戦友」 「っ! お前ら」 才人は騎士隊のみんなの友情に、才人は感動のあまり目じりをぬぐった。困ったときに助けに来てくれる奴らこそ、 真の友だというけれど、こいつらはまさに真の友だ。 涙を流す才人に、三途の川を渡りかけているギーシュ以外は誇らしげな笑みを送った。 が、ここまでであれば美しい友情物語でしめられたものを、ギムリが余計な口をすべらせた。 「うむ、サイトにだけいい思いをさせ続けるのは不公平だし、それに我々水精霊騎士隊にはギーシュ隊長のほかは まだまだ独り身が多い。この機会を逃すわけにはいかないからな」 「は?」 涙が一瞬で枯れて、後悔が怒涛のようにやってきた。なるほど、騎士隊の男たちの視線を注意深く追っていくと、 かっこつけている端で銃士隊のうら若い肢体に向いている。熱血展開で忘れていたが、青春とは思春期のことでもあった。 「なるほどな。お前らの本音がよーくわかった。人をだしに使いやがって、なーにが友情だ、この野郎ども」 「うっ! し、しまった。つい口が!」 「ギムリ! ご、誤解しないでくれよサイト。姫さまから命令があってぼくたちが参上したのは本当さ。それに、 君たちの助けになりたいのも嘘じゃない。ぼくらが何度も肩を並べて戦った、あの思い出を忘れたかい?」 必死に弁明するレイナールや、その後ろでかっこよさを失っている騎士隊の連中を、才人たちは白い目で見つめた。 銃士隊の子女たちはさっそく身の危険を感じて敵意のこもった視線を返しているし、特にルイズはゴミを見る目つきで、 睨まれている男たちのプレッシャーはハンパなものではない。 「まったくもう、あなたたちの頭の中身は全員ギーシュと同レベルね。それでここまで来るとは恐れいるわ。でも わかってるの? 銃士隊は平民の部隊なのよ。あなたたち貴族の自覚あるの?」 「なにを言ってるんだい、サイトは平民だけどルイズやおれたちとずっと前から対等だったろう。君はいまさら昔の事を むしかえすつもりかい?」 「そうそう、美しい婦女子に身分の差など……もとい、それに姫さまはぼくらに対して、貴族と平民のかきねを壊してくれと お命じになられたのだ。魔法衛士隊の中にはすでに彼女たちと交際を持ち始めている者もいるそうだ。よってぼくらが 銃士隊と対等に肩を並べても、なんら問題はない」 「視線が泳いでるわよ、お題目は立派だけどごまかそうとしてるのが見え見えじゃないの」 女の勘はごまかせなかった。少年たちを見る目がさらに冷たくなり、射殺されそうなくらい痛くなる。 それでもレイナールやギムリはまだましなほうだったかもしれない。さらに不幸なのは、ギーシュのほか数名いる 彼女を連れてきた少年たちだ。彼氏と危険を共にするロマンチックな夢を抱いていた彼女たちは、殺意すらこもった 目つきで、震える手で杖を握っている。 まさに四面楚歌、このままほっておけば水精霊騎士隊の少年たちは視線の圧力で押しつぶされて消えたかもしれない。 そこへ、ミシェルがため息混じりに告げた。 「ふぅ……だが猫の手も借りたい今、貴重な頭数であることに違いはないか。お前たち、半端な覚悟ではつとまらんぞ。いいか!」 「は、はい!」 よどんだ空気を吹き払う一喝に、少年たちは本能的に従った。この威圧感はさすがアニエスの右腕を勤めるだけのことはある。 ミシェルはさらに部下たちに、「せいぜい小間使いができたと思ってしごいてやれ」と、命じた。そのとき彼女たちが「了解」 という一言と共に浮かべた冷徹な笑みに、浮ついた気持ちでいたギムリたちは背筋が凍りついた。 それを見て才人は、こいつらこれから大変だなと、同情的な視線を送った。銃士隊はそこらの女性とわけが違う。なめて かかれば並の男など食い殺してしまう強さを持っている。きれいな花にはとげがあるぞ、まあ自分たちで選んだ道だから、 誰を恨みようもないことだが。 ただ、才人はそう思いながらも、ギーシュたちを悪く思ってはいなかった。 ”お前らはほんと昔から少しも変わってないな。そういえば、トリスタニアの王宮で寄せ合い騎士ごっこの水精霊騎士隊が できて戦ったときも、銃士隊といっしょだったっけ。あんときも中途半端にかっこつけて、けっきょく決まらなかったんだよなあ” 戦友たちとの思い出は、才人にとってもかけがえのないものだった。 王宮でバム星人と戦ったとき、ラグドリアン湖でスコーピスと戦ったとき、学院がヒマラとスチール星人に盗まれてしまったとき。 どれも今思い返せば懐かしい。死闘だったこともあれば、バカバカしかったこともある。けれど、どのときもギーシュたちは 自分を身分の違いなど関係なく、仲間として向き合ってくれた。そして今回も、動機の半分は不純ながらも危険を顧みずに 駆けつけてきてくれた。 こいつらとなら、またおもしろい冒険ができるかもしれない。そう思った才人は、笑いをこらえながらギムリたちに言った。 「よかったなお前ら、トリステイン有数の騎士のみなさんにしごいてもらえる機会なんてそうはねえぞ」 「サイト! 君せっかく来てやったのにそれはないんじゃないか」 「むしろおれがついでのくせによく言うよ……けどま、考えてみりゃずいぶん久しぶりじゃねえか? 水精霊騎士隊が 全員集合するなんてよ」 不敵に笑った才人に、ギムリやレイナールははっとしたように思い返した。 「そうか、言われてみればおれたちが全員そろってなんて随分なかったな」 「おいおい、それもこれもサイトが自分ばっかりで冒険に行ってるからだろ。おかげでこっちは平和でいいが、退屈で 仕方がなかったんだぜ。でも、今回はおいてけぼりはなしだよ」 「わかってるって、しかも今回は世界の命運がかかった大仕事だ。頼りにしてるぜ、戦友たち!」 ぐっと、握りこぶしから親指を突き出すポーズをしてみせた才人に、ギムリとレイナール、それに水精霊騎士隊の 仲間たちはそれぞれ同じポーズをとった。 「おう! まかせとけって」 死線をさまよっているギーシュ以外の全員が、才人に応えて叫んだ。 その熱血な光景に、ルイズやモンモランシーはこれだから男ってのは暑苦しくていやねと思い、ティファニアは 男の子ってみんなこうなのかなと、間違った認識を持ち始めていた。 でも彼らは真剣だ。真剣におちゃらけて、ふざけて、世界を救いに行くつもりなのだ。 そんな規格外のむちゃくちゃな騎士隊がほかにあるだろうか? 銃士隊の隊員たちは、自分たちも常識外れの 軍隊だけど、それ以上がいるとは思わなかったと呆れた。だが同時に、トリステイン王宮以来となる彼らとの共同戦線が なかなか面白いものになりそうだと、悲壮な決意の中に楽しさの予感を覚え始めていた。 とてもこれから、一パーセントの生還率も認められない死地に赴こうとしている者たちには見えない。ルイズたちは 呆れるが、男同士の友情は暑苦しさがあってなんぼなのだ。その熱気は伝染し、コルベールやエレオノールも苦笑を 浮かべ、ミシェルはこれも才人の人を変える力なのかなと思った。 「サイトには関わった人間をよい方向に変えていく力があるのかもしれないな。お前の前では、貴族だとかなんとか、 いろんなかきねがどんどんどいていく」 どこの国の人とも友達になろうとする気持ちを失わないでくれ……ウルトラマンAの残した精神が才人の中で 息づいているのを彼女は知らない。けれど、その優しさがあるからこそミシェルは才人のことが好きであり、そのおかげで 自分以外の人を救い、愛することを思い出すことができた。 そして今、自分はそれらを与えてくれた人を助けるために共に旅立とうとしている。本来ならば許されないことのはずだが、 それを命じたときにアニエスとアンリエッタはこう言ったのだ。 「ミシェル、これはトリステインはおろかハルケギニアの命運を左右する重要な任務だ。私や烈風どのが姫さまから 離れるわけにはいかん以上、指揮官の適任はお前しかいない……というのは建前だが、いいかげんサイトといっしょに 冒険する特権をミス・ヴァリエールだけに独占させておくことはあるまい。お前はもう充分すぎるほど働いた。そろそろ 自分の幸せに貪欲になっても誰も文句は言わんころだ。対等な立場で、思いっきり勝負して来い!」 「そうですわよ。ルイズがわたしの親友だからって遠慮することはありません。誰が誰を好きになろうと、それは 自由ですもの。いってらっしゃいなさいな、でないと一生悔いが残りますわよ」 はてさて、世界の危機も利用する姉バカと、小悪魔根性を発揮するアンリエッタにも困ったものである。けれども、 こうでもしなければ才人の気持ちを思うあまり、ルイズに遠慮して一歩引いてしまうミシェルはいつまでたっても 幸せをつかめないだろう。不謹慎にも思えるアニエスとアンリエッタの胸中には、それぞれ妹を思うが故と、自分と 同じ愛に生きる者への激励が込められていた。 だが、それでもミシェルは逡巡した。 「でも、サイトはミス・ヴァリエールのことが好きです。私の思いはもう伝えました、今さらあの二人の間に余計な 亀裂を入れたら、恩を仇で返すことになってしまいます。私は今のままで、十分幸福ですから……」 恋に臆病というよりも、愛してしまった人の幸せを思うがゆえの苦渋、しかしアンリエッタは言う。 「ミシェルさん、サイトさんの幸せを第一に思うあなたの心は、とても純粋で尊いものですわ。でも、待ってるだけでは 恋は実りませんわ。サイトさんがルイズのことを好きなら、あなたはサイトさんの”大好き”をもぎとってみなさい。 明日の幸せは、自分の力で勝ち取るものですよ」 ウェールズとの、障害に埋め尽くされた恋路を一心不乱に駆け抜けてきたアンリエッタの言葉は虚言ではなく重かった。 それに、これはルイズのためでもある。恋人はゴールではなく通過点に過ぎない。恋が恋のままで終わるか、 愛に昇華するかはこれからの二人次第。それに気づかないままでは、いつか取り返しのつかない破局を招くだろう。 だからこそ、悔いを残さぬように思い切りぶつかってこい……誰がなんと言おうと、人生は一度きりしかないのだから。 けれどミシェルは、命令は受諾したものの、最後まで二人の応援に「はい」とは言わなかった。しかし彼女の胸中には、 アンリエッタの言葉によって、新しい胸のうずきも生まれ始めていた。 ”サイトはミス・ヴァリエールが好き……でも、わたしがもっと好きになってもらう。そんなこと、考えたこともなかった” できるのか? そんなこと、怖くて今は考えることはできない。けれど、才人が好きだという自分のこの気持ちは消せない。 だったら、才人とともに旅することでその答えを見つけに行こう。 ミシェルは、自分についてきてくれた三十人の仲間を振り返った。自分は彼女たちの命も預かっている。けれど同時に 彼女たちも自分の思いは知っている。きっと、困ったら手助けするようにとアニエスから密命もくだっていることであろう。 まったく、おせっかいな姉や仲間を持ったものだとつくづく思う……でもそれが心地よい。 およそ二十年の人生の中で、半分の十年は暗闇のふちにいた。そこから光の中に引き上げてくれたあの人に わたしは恋をして、ずっとそばにいたいと願っている……偽らざる思いを胸にして、ミシェルは才人から送られた ペンダントのロケットをぐっと握り締めた。 ”サイト、お前と歩む未来をわたしも欲しい。もしも、これに肖像画を入れることがあるとしたら、それはわたしとお前、そして……” 目をつぶり、未来にミシェルは夢をはせる。からっぽのロケットを満たす絵に描かれているであろう、幸福に満ちた笑みを 浮かべた自分と才人と、顔も知らないもうひとり。へその上から腹をなで、ミシェルはこの旅に必ず生きて帰ろうと誓った。 若者たちの思いはつながり、彼らを乗せてはばたく翼はついに全容を現した。 新造探検船オストラント号……その翼はいまだ未熟であり、乗り込むクルーたちも未経験の若者ばかりだ。 しかし彼らの士気は旺盛で、死を覚悟しても生還をあきらめている者はひとりもいない。むしろお祭り気分でちょっと 行ってくるかという気軽さの者たちが半分だ。 エルフとの和解、それがどんなに困難でもヤプールの邪念からハルケギニアを救う方法はほかにないのだ。 だが、ヤプールの先を超して行動しようとする彼らの思惑に反して、ヤプールは次段の作戦を着々と進めていた。 時空を超えて位置するもうひとつの宇宙。才人の故郷、地球。 このころ怪獣軍団による全世界同時攻撃による混乱も収まって、世界は一応の平穏を取り戻していた。けれど いつまた襲ってくるかわからない敵に対し、各国GUYSは油断なく警戒を続けていた。 そして、場所は中部太平洋ビキニ環礁。その海底深くにおいて、世界の海を守るGUYSオーシャンは、数日に渡って 捜し求めていた獲物をとうとう追い詰めていた。 「隊長、ソナーに感あり。でかい……ターゲットに間違いありません。現在北東に向かって速力十二ノットで移動中」 「ついに姿を現しやがったか。ここのところ世界中の海で船舶消失事件を起こした犯人が」 GUYSオーシャンの移動司令部である、大型潜水艦ブルーウェイルのブリッジで、隊長の勇魚洋は獲物を見つけた サメのように笑みを浮かべた。 怪獣軍団の攻撃が終わって間もなく、大西洋、地中海、インド洋、太平洋を問わずに大型船舶が突如SOSとともに 消息を絶つという事件をGUYSオーシャンは調査していた。事故現場の位置と時間から規則性を割り出し、次は このビキニ環礁に現れるだろうと網を張り、見事補足に成功したのだ。 「隊長、攻撃しましょう!」 「待て、まだ敵の正体がわからん。全センサーを使って敵の正体の解明につとめろ、アーカイブドキュメントへの検索も 忘れるなよ」 深海は地上よりもはるかに過酷な世界だ。慎重に慎重を重ねて悪いことはない。勇魚の指示で、海のフェニックスネストとも いうべきブルーウェイルの機能が働き、結論が勇魚のもとに示された。 「敵からMK合金のものと思われる磁場が放出されています。同時に数百万トン規模の金属反応も、これはドキュメントUGMに 記録にあるバラックシップと同じものと思われます」 「バラックシップ……あの強力な磁力で船を引き付けるやつか。ならシーウィンガーでの接近戦は危険すぎるな。ならば、 魚雷発射用意だ!」 ブルーウェイルの魚雷発射管が開き、対怪獣用の大型魚雷が放たれる。敵は強力な磁力を発する怪物だ。その 特性上、金属でできた魚雷は絶対に当たる。魚雷は一直線にバラックシップへ向けて吸い込まれていく。 全弾命中! 勇魚たちがそう確信した瞬間だった。 「これは! て、敵の反応消失……魚雷、すべて通過しました」 「なに! どういうことだ?」 「わかりません。突然、突然ソナーから消えたんです」 GUYSオーシャンの戸惑いをよそに、海底は何事もなかったかのような穏やかさを取り戻した。 しかし、この事件がやがてもうひとつの世界に大変な災厄をもたらすことを、このときは誰も知らない。 続く 前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/9319.html
前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔 第40話 才人からの贈り物 隕石小珍獣 ミーニン 隕石大怪獣 ガモラン 毒ガス幻影怪獣 バランガス 登場! 時に、ブリミル暦紀元前……この惑星は死の星と化していた。 ルイズたちが生まれる、六千年以上もさかのぼるはるかな過去の時代。平賀才人は、この時代の大地を踏みしめて歩いていた。 「サハラから西へ旅を続けて、もう一ヶ月は経つな……けど、今日も見えるのは砂嵐と荒地ばっかりか。ほんとにここが将来ハルケギニアになるなんて信じられないぜ」 汚れた空に、乾ききった大地がどこまでも連なる光景に、才人のつぶやきが流れて消えていく。 才人の周りでは、彼の属するキャラバンが、砂ぼこりを避けるためのぼろに似た外套をすっぽりとかぶって粛々と隊列をなしている。彼らは将来、この地がアルビオンと呼ばれる国になることを知らない。 そう、この時代の彼らにとって、確かな未来などというものは何一つとしてなかった。あるのは、なにもわからない明日へとつながっていく今日のみ。 キャラバンは才人を含めて、百人を少し割る程度の人数で組まれ、そこには人間以外にもエルフや翼人など様々な種族が混じっている。 そして、このキャラバンを指揮するリーダーの名前はブリミル。後の世で、ハルケギニアの歴史を開いた始祖ブリミルとして崇められる人物である。 しかし、今のブリミルには聖者としてあがめられるようなものはまだなにもない。ただひたすら、仲間たちとともにわずかばかりの物資を積んだ荷車を引いてあてもない旅を続ける放浪者に過ぎなかった。 「サイトくん、大丈夫かい? よかったら、水ならまだあるよ」 「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」 先行きが見えない旅では、物資の浪費はあらゆる意味でつつしまねばならない。水くらい、魔法で作り出せるけれども、いざというときのために精神力はなによりも節約せねばならないものだということを才人も心得ていた。 けれども、才人は自分を案じてくれたブリミルの優しい眼差しには心から感謝していた。こうして間近で見るブリミルの姿は、どこにでもいる平凡な青年のそれそのものだ。”現代”のハルケギニアで語られているブリミル像のほとんどが、想像による虚構でしかないのであろう。 ヴィットーリオの虚無魔法によって、この時代に飛ばされて以来、才人は彼らと行動をともにしてきた。自分がなぜこの時代に飛ばされてきたのか、才人にはわからない。ヴィットーリオが意図したものとは思えなかったし、つたない想像力を働かせてみると……暴走した虚無の力が、その源流へと帰ろうとしたのか、そういうところだろうか。 もっとも、才人にとってはどうでもよかった。この時代に来てしまったのが偶然であれ必然であれ、現代のハルケギニアで起きている問題の原因はこの時代にさかのぼってしまうのだ。謎に迫るのに、現代ではわずかな資料から推測することしかできなくても、この時代に来て当事者たちと行動をともにすること以上があるだろうか。 この時代を襲った大厄災、光の悪魔ヴァリヤーヴ。それらの正体を知って、現代に持ち帰るという使命感で才人はブリミルたちについてきた。その中でブリミルや仲間たちとも気心も知れてきたのだが、生まれも種族も違っても、皆いい人ばかりだった。こんな世界では、助け合わなくてはとても生きていくことはできない。 特に、ブリミルに次いでキャラバンのリーダーシップをとっているのが、隊の先頭に立って歩んでいるエルフの少女だった。 「みんな、ちゃんとついてきてる? 砂嵐には注意して、隣にいる人が離れてないか確認を忘れないでね! 誰かいなくなったら、すぐに大声をあげるのよ!」 「うわあ、サーシャさん、がんばってるなあ。ブリミルさん、水ならおれよりあの人に持っていってあげてください」 「いやいや、僕が持っていったら余計なことするんじゃないわよって怒鳴られるよ。水はサイトくんが持って行ってくれ。やれやれ、リーダーは一応僕なんだけど、あれじゃどっちがリーダーかわからないよなあ」 苦笑するブリミルの視線の先には、金髪をなびかせてキャラバンを鼓舞するエルフの美少女、サーシャの姿があった。彼女こそ、この時代の、そして最初の虚無の使い魔ガンダールヴであり、ブリミルのパートナーだ。 そして彼女こそ、才人たちの時代にも現れたウルトラマンコスモスのこの時代での変身者だった。 この世界に迷い込んで、あのカオスドルバとの戦いを経てからずいぶんと長い間旅を続けてきた。それは、各地を回りながら生き残りの人を探し、救っていく、あてもない旅。だが、そうするしかないほどに彼らは弱体であり、頻繁に襲ってくるヴァリヤーグとの戦いは彼らに消耗を強いた。 「光の悪魔……てか、ありゃどう見ても宇宙生物だよな。怪獣に取り付いて操って、この星を征服しようとでもしてやがんのか? けど、おれたちの宇宙にはあんなやつはいないしなあ……せめて話でもできればと思っても無理だったし」 ヴァリヤーグはどこから沸いてくるのか、いくら倒してもいっこうに攻撃が緩む様子もなく、ヤプールとの戦いを続けてきた才人も辟易としていた。対話を試みても、相手には知性があるのかどうかすら疑わしい。残念ながら、ヴァリヤーグと呼ばれている光の生命体が感情を持つようになるのは、はるかな未来の話なのである。 わずかな手がかりを頼りに、かつて街や村だった場所を訪れてみることを繰り返す日々。が、そのほとんどはすでに廃墟と化しており、生存している人はよくて数人であった。それでも、絶望に耐えて生き延びていた人たちはブリミルの仲間に加わり、困難な旅へと同行することをためらわなかった。 つらい旅ではあったが、廃墟にとどまって死を待つよりは、自らの足で最後まで歩き続けるほうがまだ希望がある。カオス化した怪獣たちはブリミルの虚無とウルトラマンコスモスの活躍で撃退し続けることができた。浄化した怪獣たちを眠りにつかせ、襲われていた人々を仲間に加えて旅を続けて、少しずつキャラバンは規模を広げていった。 しかし、襲ってくるのはヴァリヤーグばかりではなかった。この世界にいる怪獣たちの中には、ヴァリヤーグとは関係なく襲ってくるものもいたし、才人がいた時代と同じように原因のはっきりとしない異変と遭遇することもあった。 その中のひとつの、ある事件と、そこで出会った小さな仲間。それが、才人とハルケギニアの未来を大きく揺るがすことになる。 ブリミルのキャラバン隊の、荷車のひとつの上から才人にかわいらしい声がかけられた。 「きゅうーん」 「こらミーニン、顔を出しちゃダメだろ。まだ外は空気が悪いんだ、次の休憩地まで中でおとなしくしてな」 「きゅう……」 才人は、甘えるような声をかけてきた赤い小さな生き物に、ちょっと厳しめに言った。 その生き物は、才人の知っている珍獣ピグモンにそっくりな容姿をしていた。性格も同じようにおとなしくて友好的で、今ではキャラバンの仲間としていっしょに旅をしている。 ミーニンは、才人に叱られると残念そうな顔をしてから荷車の中に引っ込んだ。荷車の中からは、ミーニンのほかに数人の子供の遊ぶ声が聞こえてくる。歩く旅に耐えられないほど幼い子たちは、こうやって連れられているのだ。 子供たちは、旅の困難さとは関係ないように楽しそうに中で遊んでいるようだ。そんな声を聞いて、ブリミルはすまなそうに才人に言った。 「本当にすまないね。僕の移動の魔法さえあれば、皆をもっと安全に遠くに運べるというのに……」 「気にすることなんてないですよ。いざというときにブリミルさんの魔法が使えないことのほうが大変ですって。それに……」 それに、と言い掛けて才人は口をつぐんだ。ここが始祖ブリミルの時代であるならば、ブリミルがこんなところで終わるはずはないのだ。 この先、どんな困難が待っているにせよ、少なくともブリミルは子孫を残してハルケギニアの基礎を築くところまでは行くはずだ。また、現代にある始祖の秘宝もまだ影も形もない以上、ブリミルが亡くなるのはまだ何年も先であると確信できる。 ただし、下手な干渉をしすぎて未来を変えてしまうわけにはいかない。タイムパラドックスというものがどうなるのか、やってみなければ想像もつかないが、混乱に自分から拍車をかけるわけにはいかないと才人は自重していたのだ。 始祖ブリミルの人柄、謎の敵ヴァリヤーグ、この時代に来たからこそわかったことは多い。それに、彼の率いるキャラバンに加わっている者たちは、現代のハルケギニアでは敵対しあっている者同士である。それがこうして仲良く協力し合えている光景は、まさに現代で目指している”夢物語”の風景そのものではないか。才人はそれらを、現代にいるみんなにすぐにでも話したかった。 けれど、まだそれはできない。現代に帰る方法に、まだたどり着いていないからだ。それに、まだ大厄災について肝心な部分を知れていない。以前、始祖の祈祷書が見せてくれたヴィジョンにあった、ヴァリヤーグの現れる前からこの世界で続いていた戦争についてなどのことを尋ねようとすると、なぜかブリミルたちは固く口を閉ざしてしまうのだった。 「結局、枝葉の部分だけで根っこについては謎のままなんだよな。ブリミルさんたち、いったいなにを隠してるんだろう?」 元来、口は軽くてもうまくはない才人に、他人の口を割らせるための交渉術など土台無理な話だった。もっとも、それを置いても今知っている情報だけでもとてつもない価値がある。なんとしてでも、帰る方法を見つけなければならない。せめてルイズもいっしょにこの世界に来てくれていたら、ウルトラマンAの時間移動能力で帰れたのだが。 そうして旅をしながらじれる日々が続いていたときである。ミーニンとの出会いとなった、ある街での事件に遭ったのは。 時は、一週間ほどさかのぼる。 「ショワッチ!」 瓦礫と化した街の中で、ウルトラマンコスモスと一頭の怪獣が睨み合っていた。 怪獣の名前は隕石大怪獣ガモラン。才人の知っているロボット怪獣ガラモンと似ているが、まったく別種の怪獣兵器だ。 「ヘヤッ!」 コスモス・ルナモードが突進してくるガモランをさばいてかわし、振り返ってきたところを掌底で押し返した。 だが、ガモランはひるむことなくコスモスへと襲い掛かってきて、コスモスはルナ・キックで押し返し、ルナ・ホイッパーで巨体を投げ飛ばした。 地響きをあげて、廃墟の瓦礫をさらに砕きながら転がるガモラン。その戦いの様子を、才人やブリミルたち一行は少し離れた場所から見ていた。 「いけーっ! がんばれ、ウルトラマンコスモス!」 「サーシャ頼む、昨日ヴァリヤーグに使ったおかげで僕の力はまだ半分ほどしか戻ってない。今は君に頼むしかないんだ」 二人の応援が風に乗ってコスモスへと届く。コスモスと一体化しているサーシャは、それを少し苦々しく思いながらも聞いていた。 『まったく気楽なんだから。どこの世界に女の子を戦わせて応援にまわってる男がいるのよ。あの二人、やること済んだら必ず絞めてやるわ!』 現代でコスモスが一体化しているティファニアと比べたら態度の乱暴さがはなはだしいが、それでもしっかりと地上のブリミルたちをかばうように体勢をとっているのはサーシャの優しさの表れだろう。 コスモスがどうしてサーシャと一体化するようになったのか、才人はそれも知りたかったが、ブリミルもサーシャも答えてはくれず、キャラバンの仲間にも知っている者はいなかった。なにかしら答えづらい事情があるのだろうとは才人も察するのだけれども、それを聞いたときのふたりがとてもつらそうな顔をしていたので無理に聞けなかった。 指を槍のように伸ばして突き立ててくるガモランを、コスモスはひらりひらりとさばいてかわす。しかしガモランは、才人の知っているガラモンが熊谷ダムを体当たりで一発で破壊したように、体格を活かした突進攻撃を得意としているからちょっとやそっとではあきらめない。その上に、ガラモンの身長四十メートル六万トンに対してガモランは五十メートル七万トンと一回り大きく、それでいて動きも素早いのでコスモスも簡単にはあしらうことができない。 防戦一方に陥っているように見えるコスモス。しかし、なぜガモランがこの街に現れたのだろうか? ガモランは自然発生する怪獣ではなく、それにはちゃんとした理由がある。 才人たちが街の住人の生き残りから聞いた話はこうである。この地に、街ができるより前には小さな集落があって、そこには小さな岩くれと金属の箱が受け継がれていた。それは、あるとき空から落ちてきた贈り物だといい、決して開けることのできない箱を開けることができたら幸福が訪れるのだと言われていた。それまでは、文字通りに誰がなにをやっても開けられない箱で気に留められていなかったのだが、集落を街に発展させた”外来人”たちは箱の仕組みを見抜き、なんらかの方法で箱といっしょに伝えられていた岩から小怪獣ミーニンを再生することに成功した。 ”外来人”たちが集落の先住民たちに語った話では、ミーニンは元々は宇宙のどこかから送り込まれてきた異文明攻撃用のバイオ兵器ガモランであり、箱はその起動装置であると。本来なら、ミーニンになった岩にへばりついていたヒトデのような形のバイオコントローラーで巨大化して操られるのだが、”外来人”たちはその仕組みを解析して、バイオコントローラーを起動させずにミーニンを目覚めさせたのだという。 それ以来、ミーニンはおとなしい怪獣として、この街の子供たちのよき遊び相手となってきた。しかし、この街もほかの街と同じく戦火に飲み込まれたとき、追い詰められた街の生き残りたちはガモランを防衛兵器として利用しようと、封じられていたバイオコントローラーを使ってミーニンをガモランにした。が、結局コントロールすることはできずに、自分たちがガモランに襲われてしまったということらしかった。 才人たちの後ろには、ミーニンの友達だった街の子供たちがいる。皆、なんとかミーニンを助けて欲しいと訴えかけてくる姿は才人の心を締め付けた。 「大丈夫。ウルトラマンがきっとなんとかしてくれるさ」 子供のひとりの頭をなでてやりながら才人は優しく言った。この破滅してゆく世界の中で、友達の存在はどれだけ子供たちの支えになったことだろう。どんな理由があろうと、大人がそれを失わせてはいけない。 けれど……と、才人は頭の片隅で考えていた。話を聞く限り、外来人とやらは宇宙人の力でロックされていた箱をリスクを回避して開けたということになる。街の生き残りに、もうその外来人はいないそうだが、そんなことができる技術力はまるで、彼らも…… と、そのときガモランの額から稲妻状の光線、ガモフラッシュ光線がコスモスめがけて放たれた。 「ヘヤアッ!」 コスモスはとっさにリバースパイクを張って攻撃を防いだ。そして、そのままバリアを前進させてガモランにぶっつけてダメージを与えた。 「ああっ! ミーニーン!」 「おいサーシャ、ちゃんと手加減しろよ! 子供たちがおびえてるだろ」 ブリミルが慌てて叫ぶと、コスモスはしまったと思ったのかピクっとした。ウルトラマンは同化した人間の影響を強く受ける。サーシャの荒っぽい性格が、さすがの優しさのルナモードにも反映されてしまったのだろう。 だがしかし、これは好機には違いない。ガモランの動きが止まっている今なら、なんとかするチャンスがある。そこへ再度ブリミルがコスモスに向かって叫んだ。 「額だ、怪獣の額のヒトデを狙うんだ。それが怪獣を操っているコントローラーなんだ!」 コスモスが理解したとうなづく。しかし、才人は違和感を強くしていた。やはり、この人たちはただのメイジなんかじゃあない。なぜかはわからないが、相当な科学知識を持っている。 しかし、才人が考えるよりも早くコスモスは動いていた。ダッシュしてガモランに接近し、左手を上げて光のパワーを溜め、それをガモランのバイオコントローラーに貼り付けるようにして振り下ろした。 『ピンポイントクロス』 相手の能力を封じるエネルギーを押し当てられて、バイオコントローラーは急速に効力を失って自壊した。 バイオコントローラーさえなくなれば、ミーニンをガモランに変えていた効力もなくなる。巨大化も解除されて、ガモランはみるみるうちに小さくなり、やがて愛らしいミーニンの姿に戻った。 「やったぁ! ミーニン!」 元の姿に戻ったミーニンへ子供たちが駆け寄っていった。ミーニンは額にピンポイントクロスが変化した×の形の絆創膏がひっついたままでいるが、元気そうに飛び跳ねて早くも子供たちと遊んでいる。 とりあえず、これで一件落着か。ブリミルや才人も考えるのをいったんやめてほっと胸をなでおろした。 コスモスも、ガモランが完全に無力化されたのを確認すると飛び立つ。 「ショワッチ!」 やがてサーシャも帰還し、ブリミル一行は勢ぞろいした。 バイオコントローラーが破壊された以上、ミーニンが凶暴なガモランに変化する危険性はもうないだろう。ブリミル一行は、街の生き残りとミーニンを旅の仲間に加えることを決めた。 それが、ミーニンが仲間にいる経緯である。 その後も、ブリミル一行は可能な限り各地の生き残りを探しながら旅を続けてきた。 だが、仲間が増えることは必ずしもいいことだけとは限らない。この過酷な旅に同行させ続けるには耐えられない者も出始めているし、キャラバンの規模も移動を続けるには大きくなりすぎ始めている。 「どこかに腰を落ち着けられる場所を見つけなければいけない。でなければ、我々は墓標を立てながら旅をしなければいけなくなる」 ブリミルは焦っていた。このまま無理に旅を続ければ、せっかく見つけた生き残りの人々がバタバタと倒れていく死の行軍となってしまう。 そんなときである。この地の先に、比較的無事な土地があると聞いたのは。 そして、ブリミルたちは苦しい旅を乗り越えて、後にロンディニウムと呼ばれる土地にたどり着いた。 「おお、この世界にまだこんな場所が残っていたとは……」 「緑に、湖……なんだか、すっごく久しぶりに見たわ」 ブリミルやサーシャの目からは涙さえ流れていた。当時のロンディニウムは小高い丘のそばに小さな湖があるだけのこじんまりとしたオアシスで、現代であれば誰にも見向きもされないだろう。しかし、砂漠のような土地を旅し続けてきたブリミルたちにとっては天国のように見えた。 しかも都合のいいことに、近くにはこのあたりの領主が別荘にしていたのかもしれない小さな城が、半壊ながらも残ってくれていたのだ。 「ありがたい、これならなんとか定住することができる。ようし、ここを我々のしばらくの拠点にしよう!」 ブリミルの決定に、全員から歓呼の声があがったのは言うまでもない。これでなんとか、子供や怪我人は旅から離れて定住させることができる。 だが、この小さなオアシスでは養える人数はたかが知れている。水だけはなんとかあるが、これまで立ち寄ってきた街から回収してきた食料はあまり多くなく、この地で耕作をやるにせよ、収穫ができるのは当分先だ。人数が増えたことが今では仇となっていた。 「食料をどこかで見つけないと、このままでは餓死者が出てしまう。しかし、どんなに節約しても長くは持たない」 ブリミルは悩んでいた。これから食料を探しに出るにしても、収支がギリギリでマイナスになってしまうのだ。なんとかしたい、これまでいっしょに苦楽を共にしてきた仲間をひとりとて犠牲にはしたくなかった。 そんなときである。子供たちを連れるようにして、ミーニンがブリミルの元にやってきたのは。 「ブリミルさん、ミーニンがなにか言いたいことがあるみたいなの」 「ミーニン、ありがとう、僕をはげましに来てくれたのかい。おや、それはバイオコントローラーを操作していた箱じゃないか……まさか、ミーニン、君は」 ブリミルが驚いてミーニンの顔を見ると、ミーニンはさびしそうな目をしてきゅうと鳴いた。 ミーニンの意思、それは食料の節約のために、自ら岩に戻って口減らしになろうというものだった。 これを、もちろんブリミルは拒絶しようとした。が、一人分を削ることができればなんとか収支をプラマイゼロにすることができ、悩んだ末に才人やサーシャにも相談し、サーシャの一言で決心した。 「それはミーニンの意思を尊重するべきよ。一番つらいのは誰だと思う? ミーニンに決まってるじゃない。それでも、ミーニンはせっかくできた友達と別れる覚悟をしてまで名乗り出てくれたのよ。あなたがリーダーなら、その意思を無駄にしちゃいけないわ」 サーシャの言葉に、ブリミルは短く「わかった」と答えた。それを見て才人は、責任を持つということのつらさと重さをかみ締めるのであった。 だが、ミーニンの封印は簡単なことではない。一度ミーニンを岩に戻してしまうと、復元するためのエネルギーがたまるまでに地球時間で何百年もかかってしまうことがわかったのだ。つまり、この世代の人間がミーニンと再会することはできない。 子供たちをはじめ、仲間たちは皆がミーニンとの別れを惜しんだ。もちろん才人もで、短い間でとはいえミーニンの無邪気さには何度救われたか知れない。が、そのときふとブリミルが思いついたように才人に言った。 「そうだ、サイトくん。君が探してる、未来の君の仲間に連絡をとる方法だけど、もしかしたらあるかもしれないぞ」 「ええっ! それマジですか! なんですなんですか」 「落ち着きたまえ。単純な話だ、ここが君の世界から六千年前だったら、今から六千年経てば君の時代に行き着くということさ。我々人間にとってはとほうもなく長い時間だが……」 才人もそれでピンときた。六千年は宇宙人や怪獣でもない限り、普通の生き物が超えるには長すぎる時間であるが”物”ならば別だ。ミーニンに手紙を託して、自分のいた時代へと運んでもらうのだ。いわゆるタイムカプセル。ミーニンにしても、いつともしれない時代で目覚めさせるよりかは自分のいた時代なら信頼できる人がいる。 だが、それは理屈では可能として、どうやって才人の来た時代で目覚めさせればいいのだろう? それを尋ねるとブリミルは自信たっぷりに答えた。 「心配はいらない。コントロールボックスはタイマー式に設定しなおしてある。ついでに、ミーニンの石を収めておけるだけのスペースがあるようにも改造済みだ」 いつの間に!? と才人は思ったが、それよりも宇宙人の送り込んできた装置を改造するなんてどうやって? そんな真似、いくら伝説の大魔法使いでも都合がよすぎる。 しかし、ブリミルは相変わらず、その質問に対してだけは貝のように口を閉ざしてしまった。 才人はじれったく思ったが、こればかりはどうしようもなかった。ブリミルたちがどこから来た何者であるのか? それを知れるのはいつかブリミルたちが本当に心を許してくれるときまで、待つしかできない。 ミーニンは岩に戻されて、この小城の地下に封印されることとなり、才人は急いで未来に当てた手紙をしたためた。教皇がハルケギニアの滅亡をもくろむ敵であること、始祖ブリミルがエルフとの共存をしていた温厚な人物であること、この時代を襲っている謎の敵ヴァリヤーグのことなど、自分が知っていることを可能な限り書き込んだ。 そしてついに別れのとき、才人はミーニンが子供たちとの別れを涙ながらに済ませた後、ミーニンに手紙を入れた小箱を託した。 「ミーニン、自分勝手なお願いだと思うけど、この手紙には、この世界の未来がかかってるかもしれないんだ。それと……またな」 才人はミーニンに再会を約束して、最後に握手をかわした。未来に行くミーニンと、いずれ自分が未来に帰れるときには再会できるはずだ。しかしそれならばミーニンを未来に送ることは無駄になるのではないか? いや、そうではない。才人は未来の世界のために、思いつく限りのあらゆる方法を試してみるつもりだった。 無駄に終わればそれでいい。しかし、何度もいろいろな方法を試せば、そのうちのひとつくらいは成功するかもしれないではないか? 人間がはじめて空を飛ぼうとしたときだって、ライト兄弟の成功に行き着くまでには数え切れないほどの試行錯誤と失敗の積み重ねがあった。まして、六千年の時間を越えて未来に帰ろうというのに、努力を惜しんでいて成功するはずもない。 と、そこで才人はコントロールボックスを設定しようとしているブリミルから尋ねられた。 「ところでサイトくん、タイマーは何年後にセットすればいいかな?」 「えっ? あ、しまった!」 才人は自分のうかつさに気づいた。始祖ブリミルの時代が『現代』から六千年以上前だとしても、自分のいる今が現代から正確に六千何年前ということがわからなければ意味がない。正確に自分の来た年代に設定しなければ、何十年何百年単位でズレてしまうだろう。 が、そんなことを調べる方法などあろうはずがない。この作戦は失敗かと、才人がとほうにくれたとき、サーシャが思いついたように言った。 「別に簡単じゃない。サイト、あんたが来たのって、あんたの年代で何年なの?」 「え? 確か、ブリミル暦六二四三年だったと思うけど」 「じゃあ今年がブリミル暦一年で決定ね。六二四二年後に合わせれば、あんたの時代につくわ」 「ええっ!? そんな、ちょっと!」 才人とブリミルはあまりにあっさりと決めてしまったサーシャに詰め寄ったが、サーシャは流れるような金髪をくゆらせて涼しい顔である。 「なに? 文句あるわけ? ほかにいい方法があるっていうなら取り下げるけど」 「い、いやぁ……でも、年号はもっとめでたいときに決めるものじゃあ」 「あんたの頭は年がら年中おめでたいでしょうが。別にいいじゃないの、増えはするけど減るものじゃなし」 なんか納得いかないが、サーシャの鶴の一声で強引に今年がブリミル暦一年に設定されてしまった。ブリミル教徒であるならば、ものすごく名誉な瞬間に立ち会ったことになるのだろうが、なんというかまるでありがたみが湧かない。 が、おかげで年代の設定の問題は解決した。なお、ここで設定を六二四二年後より少し少なく設定すれば教皇に飛ばされる前の自分たちに届いて歴史を変えられるかもしれないと思ったが、それだとこんがらがってしまうためにやめた。歴史を無為に変えてはならない。 ともあれ、これで問題はもうない。ミーニンはコントロールボックスの力で元の岩の姿であるガモダマに戻され、コントロールボックスに入れられて封印された。 「頼んだぜ、ミーニン……」 これで、ミーニンが目覚めるのは六二四二年後ということになる。才人はミーニンに困難な仕事を押し付けるような後ろめたさを感じたが、サーシャに「人生の選択を全部ベストにすることなんて誰にもできないわよ」と、励まされた。 そうだ、犀は投げられた。後は、希望を信じて次へと進む以外にできることはない。 才人は、最後にミーニンが見せてくれた無邪気な笑顔を思い出しながら、みんなのいる未来へと思いを寄せるのだった。 六千年という時間は長い。人は骨と化し、大地の形さえ変えてしまう。 だがそれでも、時を越えて希望の光はどこへでも届く。 ブリミルの設定したとおり、ミーニンは六二四二年の時を越えてアルビオンの地に蘇った。ブリミルの子孫、ウェールズの先祖たちはブリミルの遺産を守り続けてくれたのだ。 ウェールズはミーニンの持っていた手紙から、これが始祖ブリミルの時代から自分たちの時代へのメッセージであることを知った。そして、手紙の内容に愕然として即座にトリステインへと使いをよこし、知らせを受けてエレオノールやミシェルが急行し、すべてが真実であることを確かめたのである。 「これは、この手紙の入っていた箱のつくりは、これまで始祖の時代の遺跡から発掘されたものと一致します。これは間違いなく始祖ブリミルの時代に作られたもの……ミス・ミシェル、手紙の鑑定のほうはどう?」 「ああ、これは間違いなくサイトの字だ。あいつのヘタな字だ。わたしがたわむれに教えた、銃士隊の古い暗号文だ……サイト、お前、やっぱり生きてたんだな。それにしても、始祖ブリミルと友達になったなんて……お前、ほんとうにとんでもない奴なんだなあ……」 涙で顔を真っ赤に腫らしながらようやく言葉を搾り出すミシェルを、エレオノールは呆れたように眺めていたが、やがて彼女たちに同行してきた銃士隊員のひとりがハンカチを差し出した。 「副長、涙を拭いてください。サイトの奴は、ほんとうにたいしたやつでしたね。あいつは、どんなときでもみんなのことを思ってくれている。さすが、副長の惚れた男です」 「アメリー、ありがとう……そうさ、サイトが死ぬもんか。あいつは、あいつは誰よりも強くて優しい、ウルトラマンだ」 ミシェルは、自分も今日まで生きてきて本当によかったと思った。才人は生きていた。いまだに手は届かないところにいるけれども、こうして手を差し伸べてくれている。 ひざをついて感動に打ち震えているミシェルの頭を、ミーニンが骨のような手で優しくなでてくれた。ミシェルは顔をあげると、才人が六千年前にしたようにミーニンの手をぎゅっと握り締めた。 「ありがとう。ミーニンだっけな、よくサイトからのメッセージを伝えてくれた。見慣れない世界で戸惑っていると思うが、サイトの友達なら我々の仲間と同じだ。安心してくれ」 言葉は通じないが、ミーニンはミシェルの言っていることの意味は理解できているように、うれしそうに笑った。手紙にはミーニンのことをよろしく頼むとも書かれてあって、ミーニンはウェールズとの話し合いにもよるが、トリステインに連れ帰ってカトレアに預けるのが一番いいだろう。彼女なら、数多くの生き物を飼っていることだし、人柄も信頼できる。 それに、この知らせをトリステインにいるギーシュたち水精霊騎士隊にも伝えたらさぞかし喜ぶことだろう。後ろでは、銃士隊で一番のお調子者のサリュアがウェールズがいる前だというのに万歳して大喜びしているようだ。 だがウェールズは、エレオノールからあらためて詳細を伝えられて表情をしかめている。彼はあまりにも常識を超えた事態に驚きながらも、これからのやるべきことを冷静に考えていた。 「以前の私に続いて、今度はロマリアの教皇陛下が侵略者の手先になったというのか。確かに、ロマリアから布告された聖戦はなにかおかしいと思っていたが……やっと戦乱から解放されたばかりのアルビオンの民にはすまないが、なんとしてでも聖戦には反対せねばいけないな」 だが、再建途中のアルビオン軍でどこまでやれるものか。また、家臣や兵隊、国民たちに教皇が敵だということをどうやって納得させればよいものか……ウェールズがいくら国王とはいえ、すべての意思が通じるわけではないのだ。 アンリエッタが悩んでいたように、前途には大きな壁がまだ立ちふさがっている。それでも、乗り越えなければハルケギニアに未来はない。アンリエッタも才人からの手紙の内容を知れば、ウェールズと同調して必ず行動を起こすだろう。 と、そのときだった。ミーニンが、手紙の入っていた箱を指差してなにやら訴えているようなので、エレオノールが箱の中をもう一度丹念に探ったところ、底から奇妙な形の”あるもの”が出てきたのである。 「なによコレ……首飾り? でも、この紐といい、こんな奇妙な素材は見たことないわ」 エレオノールは、美しいとはおせじにも言えない首飾りのようなものを手にして首をかしげた。箱の中には同じものがふたつ出てきたが、どちらも見たところガラクタにしか見えない。 しかし、このガラクタのような首飾りこそ、才人がこの時代に当てたもうひとつの贈り物であり、切り札となるべきアイテムであった。首飾りと共に出てきた、その使い方を記したもう一通の手紙が読まれたとき、教皇の巨大な陰謀にひびを入れる蟻の一穴がこの世界に生まれる。 再び過去へと戻って、才人はブリミルとともに空を見上げていた。 「ミーニン、無事に未来につけるといいな」 「心配要らないさ、ミーニンは運の強い子だ。必ず君の仲間のもとにたどり着いてくれるよ。そうしたら、手紙といっしょに託したあれもきっと役立つだろう。僕とサーシャの自信作だ、きっと君の仲間の役に立ってくれる」 「はは、ブリミルさんもサーシャさんも、ノリノリであれ作ってましたもんねえ。でも、あれをうまく使ってくれれば、教皇の悪巧みもおしまいだぜ。女王陛下なら、きっとやってくれますよ」 アンリエッタ女王とはあまり親しいというわけではないが、何度もトリステインを救ってきた手腕と行動力は信じている。確実に届くように、文章の一部には銃士隊の関係者しか知らない暗号も混ぜたから信憑性も疑いないはずだ。 同封された才人とブリミルからの贈り物。それが使われたときに、ヴィットーリオとジュリオのすまし面がどう崩れるのか、まったくもって楽しみでならない。 けれどそれでも、才人の表情にはミーニンを案じている不安げな様子が残っていた。それに気づいたのだろう。ブリミルが、才人の背中をどんと叩いて励ました。 「こらこら、そんな顔してたらミーニンが安心して眠れないぞ。それに未来に届くまで、いつか僕らが死んで霊魂になってもミーニンを守ってやるから絶対大丈夫! さ、僕らには次の旅立ちが待ってる。ぐずぐずしてるとサーシャにどやされるぞ」 「はい! ようし、行きましょう。ハルケギニアは広いんだ。まだまだどこかに、おれたちを待ってる人がいるはずだからな」 「ああ……ところでサイトくん、君が未来に帰る方法なんだが」 「えっ? なんですって?」 「思い出したんだが、時空を超える能力を持つ、あの……いや、どこにいるかもわからないし、すまない聞かなかったことにしてくれ」 「なんですか? 変なブリミルさんだなあ。まあいいか、旅をしてればそのうちいいこともあるってね。それにルイズ、ルイズもきっとどっかの空の下でがんばってるはずだ。いつかきっと、きっと会えるさ」 才人は多くの仲間たちの最後にルイズの顔を思い浮かべた。そうだ、あの負けん気の固まりのようなご主人様が簡単にあきらめるわけがない。たとえこの世界にいなくても、どんなときでも無理やりにでも道を開いていこうとしてきたルイズのことを思い出すと勇気が湧いてくるのだった。 いつかの再会と、明るい未来を信じて、才人とブリミルはサーシャと仲間たちの待つキャラバンへと駆けていった。 信じる心に、時空の壁など関係ない。時を越えて、才人の思いは確かに仲間たちのもとへと届いた。 そして、次元を超えて旅する者がもう一組。 それは、才人たちが知るどの次元とも違うマルチバースのひとつの宇宙。そのどこかの惑星の上で、ひとつの戦いが繰り広げられていた。 『エクスプロージョン!』 虚無の爆発魔法の炸裂が空気を揺るがし、紫色の体色をした巨大怪獣に襲い掛かる。 怪獣の名前は、毒ガス幻影怪獣バランガス。身長八九メートル、体重十二万九千トンの巨体を持ち、体から噴出す赤い毒ガスを武器とする。 その強力な怪獣に、体の半分を焼け焦げさせるほどの大ダメージを与えた虚無魔法を放った者こそ、誰あろう? いや、ひとりしかいない。 「よくも今まで好き勝手やってくれたわね。でも、これ以上この星で暴れさせはしないわよ。覚悟しなさい」 桃色の髪を風になびかせながら杖を高く掲げ、ルイズの宣告がバランガスに叩きつけられた。 この星は、宇宙には数え切れないほどある地球型惑星のひとつ。特に自然豊かなわけでも、高度な文明があるというわけでもない平凡な惑星であるが、この星は今滅亡の危機にさらされていた。 バランガスは自分をガスに変えることでどこにでも出現し、好き放題に破壊活動を繰り返してきた。だが、それをようやく捉えることに成功し、ルイズの虚無で致命傷を与えることに成功した。 が、なおも自分をガスに変えて逃げようとするバランガスに、青い光芒が突き刺さる。 『ソルジェント光線!』 ガスに変わる前の実体に必殺光線を叩き込まれたのでは、いかにバランガスとてひとたまりもない。断末魔の咆哮を響かせて、巨体がゆっくりと倒れこむ。 勝利。そしてルイズの視線の先には、指を立ててガッツポーズをとるひとりのウルトラマンの姿があった。 「よっしゃあ! 見たかよルイズ、俺の豪速球ストレートを」 調子のよい口調で話しかけてくるのは、こちらも誰あろう。消息不明になっていたウルトラマンダイナだった。ルイズはそのダイナの自慢げな様子に、怪獣を逃げられなくしたのはわたしの魔法じゃないのと返して、ダイナもむきになって言い返して口げんかになった。 だが、何故ルイズとダイナが共に戦っているのだろう? それは、運命のいたずら……ただし、それを語る前に巨大な脅威が二人に近づいてきていた。 「だいたいルイズ、お前はいつもな! っと、そんなこと言ってる場合じゃなくなったようだぜ」 「そうね、アスカ……あんたと旅をしはじめてからしばらくになるけど、今度の相手はどうも格が違うみたい。背筋が震えるような気配がビンビン来るわ」 冷や汗を流したルイズとダイナの見ている前で、星の火山が巨大な爆発を起こす。その中から現れる、あまりにおぞましい姿をした超巨大怪獣。 誰も知らない宇宙で、全宇宙、ひいてはハルケギニアの運命につながる決戦が始まろうとしていた。 続く 前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/7280.html
前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔 第59話 平和と出会いと流れ星 宇宙怪獣 ザランガ 登場! ルイズたちの旅も、そろそろ前半が終わろうとしていた。 内戦状態のアルビオン大陸も、戦場以外では治安はなかなかよく、盗賊だのなんのには会わずに、 目的地であるウェストウッド村まであと一時間ほどの距離まで来ていた。 「内乱中だっていうから用心してたのに、結局平和なもんだったな」 「そーだな、俺っちも出番あるかもと思ってわくわくしてたのに、期待はずれだったわ、つまんね」 才人とデルフが仲良く髀肉の嘆を囲っている。馬車の旅というのも慣れれば退屈なもので、ラジオや カーステレオがあるわけでもなく、豊かな自然も逆に変化がなくて飽きが早い。カードゲームをしたり 本を読もうかと思ったりもしたが、馬車はけっこう揺れてカードが飛び散るし、この際こっちの文字にも 慣れようかとタバサに借りた本を開いたが、すぐに酔ってしまってやめた。 ルイズやキュルケなどは例によって先祖の誰彼がどうだとか、よく飽きもせずに言い争いを続けているが、 寝疲れてもしまった以上、退屈は最高の敵だった。仕方がないので御者をしているロングビルといっしょに 行き先を眺めた。街道は、旅人や商人が行きかい、こちらも平和そのものだった。 「この調子だと、予定より早く着きそうですね」 「そうですね……うーん」 「? どうかしたんですか」 予定が早くなりそうなのに、なぜか納得のいかない顔をしているロングビルに、才人は不思議そうに 尋ねると、彼女は首をかしげながら答えた。 「いやね。いくらなんでも平和すぎるなって、普段なら一、二度は盗賊に、特にこんな女子供ばっかりの 一行なんてすぐにでも襲われると警戒してたんだけどね」 「そりゃ物騒な。けど、王党派ってのが治安維持に力を入れてるって聞きましたが」 「かといっても、内戦中にそんなに兵力を裂けるはずがないんだけど」 「なるほど、でも襲われるよりは襲われないほうがましでしょ」 才人としても、悪人とはいえあまり人は斬りたくない。だからといって宇宙人や怪獣は殺してもいいのか といわれると困るが、更正の余地があるなら生きてもらいたい。もっとも、「こらしめてやりなさい」の パターンでギッタギタにしてやりたいとは、是非願うところだが。 そうしてまた一〇分ほど馬車を進めていくと、街道の先に槍や剣を持った一団がたむろしているのを 見つけた。最初は盗賊かと思ったが、身なりを見ると役人のようだ。彼らは一〇名ほどで、道端に 転がっている汚い身なりの男たちを縛り上げている。どうやら盗賊の一団が捕まっているようで、 街道を一時的に封鎖されることになった一行は、馬車から降りて役人の一人に話しかけて事の 次第を聞くことにした。 「実は、ここのところあちらこちらで盗賊集団が次々と壊滅させられていて、我々が通報を受けたときには すでに全員気絶させられて見つかるんです。おかげで、ここ最近は盗賊の被害が以前の一〇分の一 くらいに減りましたよ」 こちらが貴族の一行だとわかったようで、役人の対応はていねいなものだった。 「盗賊が次々と? どういうことですの」 「それが、盗賊たちの供述では一人旅をしている女を襲ったら、これがめっぽう強くて気がついたら 気絶させられて捕まった後だったとか」 「たった一人で!? そんな凄腕のメイジがいるんですか」 「いいえ、それが魔法は一切使わずに、盗賊のメイジも体術だけで片付けてしまったとか。もうアルビオンの 全土で数百人の盗賊や傭兵くずれが半殺しで捕縛されています。平民たちの間では、『黒服の盗賊狩り』と 呼ばれてもっぱらの噂になってるくらいですよ」 「『黒服の盗賊狩り』……体術だけでメイジを含む盗賊団を壊滅させるなんて、サイトみたいな人がほかにも いるものねえ」 ルイズは世の中は広いものだと、しみじみ思った。自分の母である『烈風』カリンもしかり、世の中には いくらでもすごい人がいるものだ。 なお、この噂の人物の正体は旅を続けているジュリなのであるが、別に好き好んで盗賊狩りをしている わけではない。若い女性があんまり無防備に一人旅をしているものだから、身の程を知らない盗賊たちが 喜んで集まってきて、その挙句返り討ちにあっているというわけである。この盗賊団にしても、昨日 似たような行為をしたあげく、丸一日野外に放置されて、気がついたときには縛り上げられていたのだが、 この時点では当然ルイズたちがそれを知るよしはない。 顔をボコボコにされて肋骨を二、三本はへし折られたいかつい男たちは、いったい自分たちに何が起こった のかわからないまま、役人に連行されていった。傷の手当てもろくにされずに、この酷暑の中を歩かされて いくのは死ぬような思いだろうが、所詮は盗賊働きをしようとしての自業自得なので同情には値しない。 「失礼しました。どうぞお通りください」 役人たちの事後処理が終わって、馬車は再び走り出した。役人は去り際に、この近辺の盗賊団はこいつらで ほぼ一掃されました。ごゆるりと、旅をお続けくださいと、まるで自分の手柄のように言っていたが、それもまた 彼の顔といっしょに忘却の沼地への直行となった。 一行を乗せた馬車は、それから街道の本筋を離れた森の中の脇道に入っていった。こちらに入ると、 本道のにぎやかさも嘘の様で、自分たち以外にはほとんど人とすれ違うこともなかった。木々の張った枝は 広く、昼間だというのに小さな道は木漏れ日がわずかに射すだけで薄暗い。しかしその分涼しくはあり、 これでやぶ蚊さえいなければ天国といえた。 馬車は、そんな木々のトンネルの中をわだちの跡をたどりながら進んでいく。 「つきましたわよ」 ロングビルに言われて馬車から身を乗り出したとき、一行はそこに村があるのかすらすぐにはわからなかった。 よくよく見てみれば、森の中に数件の小屋と、畑らしきものが見え隠れしている。 その後、ロングビルの言う村の中央に馬車を停め、一行はようやく到着したウェストウッド村を見渡した。 本当に、村というよりは山小屋の集まりといったほうがいい。家々は、この森の中ではたいした存在感を持たず、 畑も自給自足というレベルに達しているのかどうかすら疑わしい。 「ここが、ウェストウッド村……ね」 自分自身に確認する意味も込めて、ルイズは村の名前を復唱した。はっきり言えば、タルブ村より少し小さい 程度を想像していたのだが、その予測は完全に裏切られた。これでは村という呼び方すら過大に見えてしまう。 産業などある気配はまったくなく、ロングビルの仕送りがなければあっという間に森に飲み込まれてしまうのは 疑いようもない。ただ、村の裏手の森が台風に合ったみたいに広範囲に渡ってなぎ倒され、中途半端な平地に なっているのには、前はこんなことはなかったのにとロングビルも合わせて不思議に思ったが、とにかくも 村であるなら住人がいるはずである。 「テファー! 今帰ったわよーっ!」 そうロングビルが、目の前の一軒の丸木の家に向かって叫ぶと、数秒待ってから樫の木作りのドアが 内側から開き、中から緑色の簡素な服と、幅広の帽子をかぶった少女が飛び出してきた。 「マチルダ姉さん!」 「ただいま、テファ」 ティファニアと、マチルダと呼ばれたロングビルはおよそ一年近くになる再会を手を取り合って喜び合った。 けれど、ティファニアと初対面となるルイズ、才人たち一同は感動の再会を見て素直にお涙頂戴とは いかなかった。ティファニアが、ロングビルから聞いていた以上の、妖精という表現をそのまま使える、 美の女神の寵愛を一身に受けたような美少女だったから、というのもあるが、最大の、そう最大の問題は 彼女の胸部の二つの膨らみにあったのだ。 「バ、バストレヴォリューション!?」 と、平静であれば本人でさえ自己嫌悪したと思える頭の悪い台詞を、才人が呆然としてつぶやいたとき、 残った女性一同の中で、その台詞に怒りを覚える者はいても、否定できる者は誰一人としていなかったのだ。 「な……なに、アレ?」 「た、多分……胸」 と、ルイズとシエスタ。 「ね、ねえタバサ、わたし夢を見てるの?」 「現実……」 青ざめて絶句しているキュルケをタバサがなだめている。唯一、年長者たちが何に驚いているのか わからずにアイだけがきょとんとしている。まぁ、阿呆な思春期真っ盛りな一同の気持ちを代弁するとすれば、 ティファニアの胸が彼らの常識を逸して大きかった。それで男の子の才人は思わず見とれてしまい、女子 一同の場合は、胸に自信のないルイズは逆立ちしても勝てない相手に絶望感を味わわされ、バストサイズに 優越感を抱いていたキュルケとシエスタは、完全に自信を打ち砕かれて天から地へ打ち落とされ、タバサは 一見平静を保っているように見えたが、内心では勝ち目〇パーセントの相手に、冷静な判断力を持って 敗北を認めていた。ただし、一時の激情も過ぎれば、それを埋めるための代償行為を要求する。 「このエロ犬! あんた何に見とれてんのよ!」 と、才人に蹴りを入れたルイズなどはその際たるものだろう。ほかの者たちも、小さくても形がよければ とかなんとかぶつぶつと言っているが、現実逃避以外の何者でもない。 けれど、いくら現実を拒否しても時間の流れを停止も逆流させることもできない。ロングビルと再会を 喜んでいたティファニアが、いっしょに付いてきた奇妙な一団に気づいて尋ねてくると、言葉尻を震わせながら 自己紹介をせざるを得なくなった。 「ト、トリステイン魔法学院二年生の、る、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールよ。あ、 あなたのお姉さんには、い、いつもお世話になってるわっ!」 他の者たちもだいたいはこんな調子である。ティファニア本人は、何故この客人たちが動揺しているのか さっぱりわからなかったが、自分も陽光のように明るく無邪気な笑みを浮かべて、自分の名を名乗った。 そうして、一同はそれぞれ大まかなことを語り合った。ロングビルの名前が偽名であることはフーケ事件の 時から一同は察しをつけていたが、本名はマチルダといい、ずっとティファニアのために仕送りをしていたこと、 ティファニアも今はマチルダが魔法学院で秘書をしており、その縁で仲良くなった生徒たちだと聞かされた。 むろん、土くれのフーケについては一言も触れられてはいない。 それから、マチルダはアイを前に出して、この子を預かってほしいと頼んだ。すると、ティファニアは 自分の腰ほどの身長しかない少女の視線にまで腰を下ろして。 「はじめまして、アイちゃん。小さなところでがっかりしちゃったかな」 ティファニアは、「今日からここがあなたの家よ」などと押し付けがましいことは言わなかった。元々、 子供の育成に理想的な環境などではないことくらい彼女も承知している。来るものは拒まないが、 いくら幼かろうと相手の意思を無視してはいけない。しかし、ティファニアの懸念は無用のものとなった。 「いいえ、これからよろしくお願いします。テファお姉さん」 はつらつとアイは答えた。よき親を持った子供はよく育つ、ロングビルが育ての親となって暮らした この数ヶ月、純粋な子供は水と日差しを貪欲に得て伸びる朝顔のように成長していた。単に自由に育てたり、 勉強を押し付けたりするだけが教育ではなく、人はそれを躾といい、ティファニアに快い初印象を与えていた。 「こちらこそよろしくね。よーし、じゃあみんな出ておいで!」 ティファニアがドアを開けっ放しだった家に向かって手を振ると、中からいっせいに歓声をあげて 子供たちが飛び出てきて、一行に群がっていった。 「わっ、こ、こんなにいたのか!?」 才人たちは、この村の住人にとってちょっと久しぶりの歓迎すべき客人になる者たちを、喜んで 出迎えてくる十数人の子供たちに囲まれて、またもうろたえていた。どの子たちも、身なりこそみすぼらしいが、 瞳は明るく強く輝いている。むしろ大人に近いはずの才人たちのほうが力負けしてしまいそうな勢いだった。 「こらこらあなたたち、お客さんを困らせるんじゃないの。それじゃあ皆さん、狭いところですけど、自分の家だと 思ってくつろいでください」 はしゃぐ子供たちを落ち着かせて、ティファニアは困惑する一同を、家の中に誘った。まだまだ話したい ことは山ほどあるが、とりあえず立ち話もなんであった。時間はまだたっぷりとある。こうして、夏休み旅行の 本番は、小さいながらもいろいろハプニングの種がありそうな村で、革命的な胸の持ち主の美少女との 出会いによって始まったのだった。 それから、場所を室内に移して、子供たちにまかれながらいろいろと話し合った結果、一行はこの数ヶ月分の 驚きをいっぺんに使い果たすくらいの驚愕を味わうことになった。 「エ、エルフぅぅっ!?」 と、ルイズとキュルケとシエスタの絶叫が響いたのが、その際たるものだっただろう。ティファニアの正体が エルフであることは、ロングビルが隠す必要がないと言ったおかげで早々に明かされることになったのだが、 ティファニアは驚く三人におびえた様子を見せていたが、一時の興奮が収まると。 「なにを怯えてるんだお前ら、アホか?」 白けた口調でつぶやいた才人の声もあり、落ち着きを取り戻していった。けれども、エルフがハルケギニアの 人間にとって恐怖の対象だということは変わりない。以前ジュリと話したときもティファニアは怯えていたが、 ジュリはエルフなど、文字通り星の数ほどいる宇宙生物の一つとしか思っていなかったために、すぐに 打ち解けられていた。また、才人は地球人であるために、エルフとはゲームの中で出てくる人間以外の 種族という印象しかない。けれど今回はあからさまな恐怖を向けられて、彼女は自分が大勢の人から 見たら忌まわしいものなのではと、泣きそうになっていたが、子供たちが怒りの声で糾弾をはじめた。 「テファおねえちゃんをいじめるな!」 その数々の声が、ルイズたちを攻め立て、ティファニアは慌てて子供たちを止めようとしたが、それより 早くルイズが謝罪した。 「ご、ごめんなさい。あんまり突然だったものだから驚いてしまって、失礼したわ」 キュルケとシエスタもルイズに次いで謝罪した。冷静になると、どう見ても弱い者いじめをしているようにしか 見えないし、才人の侮蔑するような視線が痛かった。むしろティファニアに「やっぱり、エルフは怖いですよね」 と、涙ながらに言われると、罪悪感ばかりが湧いてくる。 「いえ、悪かったのはわたしたちよ。エルフなんて見たことないから、怪物みたいなものかと先入観を 持ってたけど、案外人間とさして変わらないのね。けれど、なんでエルフがアルビオンに?」 ティファニアは、訥々と自分の素性についてルイズたちに語った。自分の母はエルフで、東の地から来て、 父は昔はこのサウスゴータ地方一帯を治める大公だったが、ある日エルフをかこっていたことが王政府に ばれて、追われる身となり、両親をその混乱で失い。親戚筋で、彼女を幼い頃から可愛がっていた マチルダにかくまわれてこの森で過ごしていることなどを、途中何度かロングビルの助けを借りながら 話しきった。 「ハーフエルフ……可能性だけは聞いていたけど、本当に可能だったのね」 「母が、なぜアルビオンに来て、父と結ばれたのかは何も語ってはくれませんでした。それでも、母は わたしが生まれてからずっと、国政に関わることもなく、隠遁生活を続けていました」 何故ティファニアの母がアルビオンにやってきたについては、結局娘であるティファニア本人にも わからないということだった。話し終わると、ぐっとティファニアは喉をつまらせた。ルイズたちは、悪いことを 思い出させてしまったと後悔したが、彼女に悪いものは感じられずに、ちょっと無理をして微笑んだ。 「顔を上げて、ミス・ティファニア、あなたが悪に属するものではないということはよくわかりました。 夏の間の短い期間ですけど、しばらくよろしくお願いするわ。そうでしょ、キュルケ」 「ちょっとルイズ、あたしが言おうとしてたこともっていかないでよね。ま、いいわ。休暇の間、仲良く やりましょう。友達としてね……ある意味ライバルだけど」 「わ、わたしも負けませんよって、なに言ってるんだろうわたし!? と、とにかく人間……いえ、エルフも 人間も中身で勝負です! よろしくお願いします、ティファニアさん」 ルイズ、キュルケ、シエスタがそれぞれ、自らの内にあった偏見との別れを告げるべく、強く、そして 親愛を込めて笑いかけると、落ち込んでいたティファニアの顔に紅がさした。 「わ、わたしこそよろしくお願いします。それではわたしのことも、テファと呼んでください。マチルダ 姉さんのお友達なら、わたしにとってもお友達です!」 一同の間に、春の陽気のような暖かな空気が流れた。先程まで恐怖と警戒心を向けていたルイズたちと ティファニアは、仲良く手を取り合って旧知のように笑いあっている。それを静かに眺め見ていたロングビルは、 にこりと微笑んだ。 「よかったわね、テファ」 「姉さん、ありがとう。今までで最高の贈り物よ」 いきなりこんなに大勢の友達を得れて、ティファニアは今さっきとは別の意味を持つ涙を流していた。 元々、ルイズもシエスタもキュルケも、陰より陽に属する性格の持ち主なのである。それは怒りも憎しみも 存在するが、いわれもなく他者を貶めることに快楽を求めたことはない。しかし、そんな様子を同じように 見ていて、後一歩で飛び出そうかと思っていた才人はロングビルに軽く耳打ちした。 「ちょっと、無用心じゃないですか? もし、誰かが激発して彼女に危害を加えたり、秘密を漏らしたり するようなことがあっちゃ、大変じゃないですか?」 「大丈夫よ、オスマンのセクハラじじいのところに入って後悔したときから、人を見る目は磨いてきた つもりなの、じゃあ逆に聞くけどこの面子の中に一人でも恐怖や偏見に従って裏切るような人がいるの?」 そう言われると、ルイズやキュルケが裏切りなどという貴族の誇りを真っ向から否定する行為に手を 染める姿は想像できないし、シエスタも人一倍友愛や人情には厚いタイプだ。一度決めた友情を、 自分から裏切るようなことは絶対にするまい。ただ、三人の誰もまったく全然、どうしようもなく敵わない 二つの巨峰の持ち主に、冷たくすれば返って敗北を認めることになるという、負け惜しみの悪あがきに 近い屈折した感情があったのも事実であるが、それでも彼女たちは宇宙人とでも親交を持った稀有な 経験の持ち主である。エルフであるということを回避すれば、仲良くしない理由のかけらも存在しなかった。 「それでも、秘密を知る者は少ないに越したことはないでしょ」 なぜ、そんなリスクを犯してまでと聞く才人に、ロングビルは古びた木製のワイングラスから一口すすると、 自嘲げに才人に話した。 「実を言うとね。そろそろ私一人でこの子たちを守っていくのが限界になってきてたんだよ。子供はいずれ 大人になるものだしね。いつまでもこの森に隠しておけるはずもないし、今のうちに信頼できる味方を 与えてやりたいと思ったのさ。本来こんなことを頼めた義理じゃないかもしれないが、あの子の力に なってやってくれないか?」 「そういうことすか……でも、さっきのあなたの台詞を借りれば、おれたちが万一にも断ると思ってたんですか?」 才人は、投げられた変化球を同じ形でロングビルのミットにめがけて投げ返した。エルフの血を引く少女と たくさんの子供たち、自分の力だけではどうにもならず、多分ルイズやキュルケたちの地位や財力を頼る ことにもなるかと思うが、できるだけのことはしてやろうと彼は思った。 「まっ、ティファニアくらい可愛い子だったら、守って腐るほどおつりがくるわな」 「サイトくん、嫁にはあげないわよ」 「そういうとこだけは親バカですね。ま、無関心よりゃずっといいか」 親バカなロングビルというのもなかなか親しみが持てると、才人は苦笑しながらも、タバサを巻き込んで 輪に入っていった。 それから、一行は薄暗くなってきた外に合わせるように、夕食の準備を始め、最終的にティファニアの家で 二十人以上が一つの卓を囲んでの大宴会をおこなって、終わる頃にはもうなんらの屈託もなくティファニアや 子供たちと交流できていた。 やがて夜も更けて、子供たちはそれぞれの家に帰って早めの就寝についた。アイは、早めにこの村に 慣れるためということで、エマという子といっしょの家で寝ることになった。 さて、子供たちが大人しくなると、今度は夜更かし大好きな少女たちの時間である。ルイズたちは ティファニアと女同士の話し合い、というか、どうすればどこが大きくなるかという重要会議を始めて、 男性である才人は外に追い出されて、同じように外で涼をとりながら酔いを醒ましていたロングビルと、 ぽつりぽつりと話し合っていた。 「やれやれ、雁首揃えて何を話し合ってんだか」 今、ランプの明かりをこうこうと照らした室内では、”ティファニア嬢との親交と友愛を深めるための会談” が、おこなわれているはずであったが、実際に中から聞こえてくるのは、何を食べているのかとか、 普段どういう運動をしているのかとか、根掘り葉掘りティファニアに尋問する言葉ばかり聞こえてきて、 持たざる者の哀愁を感じざるを得ない。特にルイズは、今後成長期が奇跡的にめぐってきたとしても ティファニアを超えることは物理的に不可能なので、なおさら哀れを感じてしまう。あれはあれでいいもの なのだが…… 「サイトくんには、胸の小さな子の悩みはわからないのかしら?」 「正直あんまりわかりません。けど、やたら大きけりゃいいってもんじゃないと思うがなあ。誰も彼も大きければ 個性がねえし……それよりも、ロングビル……えーっと、マチルダさん」 「どっちでもいいわよ。どのみち帰ったらロングビルで通すんだし。それで、私に何か用?」 ロングビルも、久々の里帰りで機嫌がよいようだ。 「じゃあロングビルさん。あの連中、ほっといていいんですか? どーもテファの教育上よくない気がするんすが」 「なあに、いずれ外で暮らすようになれば嫌でもそういうことは関わっていくことになるから、予行演習には ちょうどいいわ。あの子はちょっと純粋すぎるところがあるからね」 要は、無菌室で育てはしないということか、それに比べて、世の大人には子供にはいつまでも天使の ように純粋でいてほしいと、子供の一挙一頭足まで厳しく制限する親がいるが、それは子供への愛ではなく 自らの妄想が作り出した理想の子供像への執着に過ぎない。そして、親の幻想を押し付けられる子供には かえって有害でしかない。悪魔どもが天使を陥れようと跋扈するのが世の中なのだから。 「純粋すぎますか。けど、テファがあいつらに感化されたらそれはそれで問題な気がしますが」 「……」 誇り高く尊大で暴力的なテファ、お色気ムンムンで男あさりをするテファ、妄想爆発でイケナイ子なテファ、 果ては無口で本ばかり読んでいるテファ、思わず想像してみた二人はぞっとするものを感じた。 「ま、まあそのことは、あとでテファに注意しておきましょう……」 朱に染まれば赤くなるというが、あの連中の個性は朱というよりカレーのしみのようなものだ。一度 ついてしまえば洗っても落ちない。ロングビルは、この際積もる話もあるということで寝る前に悪い影響を 受けてはいないかと確認することにした。 だが、先程の話ではあえて出さなかったが、アルビオンにいるエルフということで、才人は一つ心当たりを つけていた。けれど、それを直接ティファニアに聞くことははばかられたので、ロングビルにそれとなく 話を振ってみようと思っていたのだが、せっかくの再開で機嫌がいいときにそんなときに話を振って よいものかと、才人は今更ながら少々迷っていた。 「ところで、ロングビルさん」 「なに?」 「実は……えーっと」 やはり、いざとなると簡単には踏ん切りがつかなかった。それに、エルフであるからと迫害されてきた ティファニアの素性のことを思うと、聞きたくないという気持ちも同じくらいある。しかし、彼の心境を読んで 先手を取ったのはロングビルのほうだった。 「まあ、言わなくてもだいたいの予測はつくけどね。あの子の母親のことでしょ?」 「えっ!? あ、はい」 こういうところは、さすが元盗賊だなと才人はロングビルの読心術に感心した。とはいえ、そうなれば 話は早い。才人は、覚悟を決めると一気に疑問を口にした。 「タルブ村で聞いた、アルビオンに旅立ったエルフの少女、もしかしてテファのお母さんは……」 「察しがいいわね。私も、タルブでその話を聞いたときは驚いたけど、間違いないわ。あの子の母は、 三〇年前にタルブを訪れたエルフの少女、ティリーよ」 やっぱり、と、才人は予測が当たったことに心中で喝采したが。 「なんで、あのときにすぐおっしゃってくれなかったんですか?」 「時期を見て、順にと思っただけよ。あのとき全部話したら、あなたたちパニックになったでしょう」 「まあ、そりゃそうですね」 才人はロングビルの気遣いに感謝した。けれど、才人の目的はティリーではなく、彼女といっしょに アルビオンに旅立ったもう一人のほうだ。 「ですが、こうなったらもう単刀直入に聞きます。ティリーさんといっしょに、ここにはもう一人、異世界からの 来訪者、アスカ・シンさんがいたはずです。彼がこちらに来てからどうしたのか、知っていたら教えてください」 誠心誠意を込めて、才人はぐっと頭を下げた。しかし、ロングビルから帰ってきた答えは、彼の期待には 副えないものだった。 「ごめんなさい、残念だけど何もわからないの」 「そんな……」 「知っていたら教えてあげたいわ。けれど、何分私はティリーさんと会ったことは何度もあるけど、私が あの人と会ったころに、アスカさんはすでにいませんでしたし、私の実家が没落する際に彼女に関する ものは全て消失してしまって、今となっては……」 「そうですか……わかりました」 残念だが、三〇年も昔であれば仕方がない。だが、才人は同時に運命というもののめぐり合わせの奇妙さに ついて、思いをはせずにはいられなかった。 「それにしても、まさかと思ったけど……こんな簡単に出会えるとはなあ」 元々、アルビオンについた後は可能な限りアスカの、ダイナの足跡を探そうと決意していたが、あんまりの あっけなさには怒る気も湧いてこない。しかし才人は絶望はしていなかった。以前、完全に消息不明と オスマン学院長に言われたアスカの足跡が、今回はこんな簡単に見つかっている。今は途切れてしまったが、 運命というものがあるのだとすれば、その歩調は時代の流れと比例して停滞から速歩、疾走へと進んでいる のかもしれない。ならば、次のステップに進めるのも、そう遠い話ではないかもしれないと、才人は自分に 言い聞かせた。 「さあ、そろそろ子供は寝る時間よ」 「へーい」 気づいてみたら夜も更けて、月は天頂に今日は赤い光を輝かせている。室内では、飽きもせずに女子 五人がわいわいとやっていたが、ロングビルに一喝されてベッドの準備を始めた。この村にいる間は 貴族といえども自分のことは自分でやるというのが、最初にルールで決められていた。でなければ、 子供たちの見本にはならない。 「おやすみなさーい!」 一斉にした合図とともに、一行は昼間の疲れも重なって急速に眠りの世界へと落ちていった。後には、 鈴虫の鳴き声と、風の音だけが夏の夜の平穏さを彩り、朝までの安らかな天国を約束していた。 ただ、約一名、いや一匹、理不尽な不幸に身を焦がす者が存在していた。 「きゅーい! おなかすいたのねーっ!!」 村の上空をグルグルと旋回しながら、シルフィードは朝からずっと悲鳴を上げ続けている胃袋の叫びに 呼応して、自分にまったく声をかけようとしない主人に抗議していた。 「まさかお姉さま、シルフィのこと忘れてる? そんなの嫌なのねーっ!」 ここにも、バストレヴォリューションの犠牲者が一人……タバサがティファニアにショックを受けて、 シルフィードにエサをやるのをすっかり忘れていたのだ。けれども、空の上で月を囲んで回りながら叫んでも、 タバサはとっくにすやすやと安眠モードに入っていて、朝まではてこでも動かないだろう。 そんなとき、悲しげに空を見上げたシルフィードの目に、月のそばを横切るように飛んでいく小さな光が 見えてきた。 「きゅい? 流れ星?」 光り輝く小さな点は、夜空を横切って次第に遠ざかっていく。シルフィードは、しばしぼおっとその流れ星を 眺めていたが、ふと前にタバサから流れ星が消える前に願い事を言うとかなうという言い伝えを聞かされたのを 思い出して、前足を合わせて祈るようにつぶやいた。 「おなかいっぱいお肉が食べられますように、おなかいっぱいお魚が食べられますように、おなかいっぱい ごちそうが食べられますように」 なんともはや、自分の欲求にストレートなことである。けれども、シルフィードがたとえば「世界が平和に なりますように」とか願っても、みんな気持ち悪がるだけだろう。シルフィードの幼さもまた、シルフィードの 個性であり魅力でもある。ルイズにしたって「胸が大きくなりますように」と願ったに違いないのだから。 「きゅーい、お星様、シルフィのお願い聞いてなのね……ね?」 そのとき、シルフィードは自分の目をこすって、見えているものを確かめた。なんと、どういうわけか いつの間に流れ星の傍に、もう一つ小さな流れ星が寄り添うようにして飛んでいるではないか。 「きゅいーっ、お星様のお母さんと子供なのね。これなら、シルフィのお願いもよく聞いてくれるかもね。きゅいきゅい」 シルフィードは、このときだけは空腹を忘れて空の上ではしゃいでいた。 だが、残念ながらシルフィードの願いは届くことはないだろう。なぜなら、シルフィードから見て流れ星に見えたのは、 この星の大気圏ギリギリを高速で飛んでいく怪獣の姿だったからだ。 その正体は、宇宙のかなたからやってきた、丸っこい体つきをした、カモノハシとイタチとカエルの あいの子のようなユーモラスな姿の怪獣、ザランガだった。そしてそのかたわらには、ひとまわり小さな ピンク色の怪獣が元気に飛び回り、ときたま前に飛び出ていっていたが、やがて疲れて後ろに下がって休み、 大きなほうは、小さなほうが遅れないようにその間速度を緩めてゆっくりといっしょに飛んで、疲れが癒えたら、 また一生懸命飛び回っていた。そう、それはザランガの子供だった。 ザランガの一族は、この広大な宇宙を時が来れば長い年月をかけて旅をして子供を生み、また元の場所へと 親子で帰っていく渡りの性質を持っている。彼らも今から何年も前に、ここからはるかに離れたある星で親子になり、 子育てをするための元の星へと帰る途中だった。その彼らがこの星に寄ったのも、この惑星が今は宇宙の果ての 水と自然にあふれたその星によく似ていたからかもしれない。 やがて親子は、旅の間のわずかな寄り道にきりをつけて、また宇宙のかなたへと飛び去っていった。 もしかしたら、何百年か先にこの子供か、別のザランガがこの星を訪れるかもしれない。けれども、 ザランガは美しい水が大量にある星でしか子供を生めない。果たしてそのとき、この星はザランガが安心して 子供を生める平和な星であり続けられるのか。流れ星に願いがかけられるように、流れ星もまた願いを かけていた。 ずっと平和でありますように、と。 続く 前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/4020.html
前ページ次ページルイズVSマジク~史上最哀の会合~ 第2話『音声魔術とは』 マジクは驚いた。何を驚いたかと聞かれれば今ギーシュの言った 『ゴーレム』についてである。 (確か記憶が正しければ――ゴーレムそれはドラゴン種族が1つ「天人≪ノルニル≫」がかつて作ったものだ。) (そうだよ。アレンハタムで地人兄弟がクリーオウにぶんどられたアレだ。) あのときマジクではなく彼の師がこともなく,本当にこともなくぶっつぶしたアレ。 (アレに比べると小さすぎるけど,代わりになんか無駄に細かいな?) てっとりばやく魔術を使って終わりにしようと思ったが,マジクはそれをしなかった。 (でも,あれくらいのサイズなら魔術をつかわなくてもコレを使えば何とかなるよね?) マジクは自分のブーツに目線をやる。 「ふっ。どーした平民?今さら怖気づいたのかね。何今回のことに…」 ギーシュはまだ戦ってもないのにすでに勝った気でいた。 (お師さまなら――やる。絶対にやる。それにさっきいってたよね。) 「懲りてこれから貴族に対する態度を改めるなら…」 (あれ青銅なんだよね。) マジクは突然走りだす。ギーシュ自慢の青銅のゴーレム『ワルキューレ』に向かって。 ワルキューレはマジクに向かって大ぶりに右の拳を繰り出す。 それなりに速度はあるがあまりにも単純に,そして正直に。 これが魔法に頼りっぱなしの魔法学院の生徒や,メイジというだけで恐れをなす平民なら 十分だっただろう。 だが仮にも世界を滅ぼす戦いに関係ないのに巻き込まれ,また世界は違えど 大陸一の魔術士養成機関で年間首席をとった者にはぬる過ぎた。 紙一重というにはやや遠すぎる――経験不足ゆえにひきつけるのが足りなかったが なんとかマジクは右に避ける。そしてそのまま反転して拳をふるため重心を寄せていた ワルキューレの左足に自分の右足の踵をぶち当てた――鉄骨をしこんだブーツで。 「許さないわけでもないよ。うん。あれっ?」 ギーシュが気づいたときにはワルキューレは左足を粉々に砕かれていた。 【注】ほんとに鉄骨ブーツで青銅が粉々になるかはしりません。 誰かが言ったように,世界いろいろ神様いろいろ,ついでに金属いろいろ,な方向で 思い描いたとうりになってふぅとマジクは息をつく。 (いつか旅にでるときは僕も買おうと思ったけどこのブーツ高いよなぁ。) 牙の塔をでてマジクが最初にやったことは持ち金はたいて特注のブーツを作ることだった。 「ねぇ,今の動きみた?まだぎこちないけどそれなりじゃなかった?」 野次馬が一人で誰かとは正反対の胸をもつキュルケが隣の青い髪のタバサに話しかける。 「ビックリあったくには程遠い…」 「何?それ…」 「知らない。言ってみただけ。」 「あら,そう。」 ギーシュはやっと事態をのみこんでキレた。 「ぐぬううう。いや,まずは誉めよう。よくそんな動きで僕のワルキューレを とめたものだと。」 「だが君は…僕を本気にさせたのだよ。」 ギーシュは冷たく微笑み,手に持ったバラをふった。 花びらが舞い,こんどは6体のゴーレムが現れた。 最高で7体までしかギーシュは呼び出せないのである。 「もういいでしょっ。早く謝りなさいよ。あんな動きで,今度は6体も… 相手にできるわけないじゃない。」 「おおっと。ヴァリエール残念だが今さら謝っても許しはしないよ。」 ギーシュの残酷な宣言に凍りつくルイズ。 いよいよクライマックスだと騒ぐ野次馬達をマジクは他人事のように見ていた。 ギーシュが新たなゴーレムをだした時点ですでにある決心をしていた。 ――魔術を使うと。 (そういえば,こっちにきてから使ってなかったな。) こちらで言う魔法とマジク達の世界でいう魔法。ならびに魔術が違うものだと いうのは数日来の生活で分かっていた。 なるべくなら使いたくはなかった。先ほど魔術を選ばなかったのにも関係している。 だが,いい加減ガマンするのも限界だった。 (実際僕は我慢した方なんだ。そうに違いない。お師さまを含めて 僕の知ってる魔術士ならとうの昔に使っているに違いない。) 魔法とは,神々の使う力。 魔術とは,神々からドラゴン種族とよばれる力ある種族が盗みだし, 自分達に使えるようにしたもの。 魔術とは,魔力により限定された空間に自らの理想の事象を起こすこと。 音声魔術とは,人間種族が使う力。 魔術の設計図――構成を編み,声を媒介にして発動する。 そのため魔術の効果は声が届く範囲でしか発動しない。 又,声が霧散したら効果が消えるため効果は長くて数秒。 そんなことは関係なくマジクは意識を集中する。 もっとも使い慣れた構成を―― まだ意識をしなくても使えるわけではないあの構成を。 右手を上げ,高らかに叫ぶ。 「我は放つ光の白刃っ!」 光の帯がのびる。高熱と衝撃波の渦が,6体のゴーレムのもとへ到達した。 瞬間,つんざくような轟音と跳ね返る光が,熱が,あたりすべてを純白に焼き尽くす。 光が消えたあとにはかろうじて燃え残った何かの小さな破片があるだけだった。 あたりは静まりかえる。 マジクはゆっくりギーシュのもとへ歩いて行く。震える彼のもとへ。 「えっと,こういうとき何ていうのか分からないけど。」 いったん区切ってから 「続ける?」 つぶやくようにマジクはいった。 「ま,参った」 ギーシュは犬どころか狼に噛まれた気持ちになった。 …絶対に忘れられない,と思ったかはさだかではない。 次回予告 シエスタ「ビームで簡単にミスタ・グラモンを倒したマジクさん。」 「だけど,すぐにミス・ヴァリエールに連れていかれ…」 ルイズ「きっちりかっちり説明してもらうわよ。」 マジク「うぅっ。面倒だなぁ。」 「こんなとき…都合よく説明してくれる神様がいたらなぁ。」 ???「そうであろ。そうであろ。」 「余のありがたみが,こう…背筋のあたりからゾクゾクっとのぼってきたであろ?」 シエスタ「そんなことは放っといて。」 「次回,第3話『今になって分かる説明役っぽいものの大切さ』に…」 コルベール「我は癒す斜陽の傷痕。」 前ページ次ページルイズVSマジク~史上最哀の会合~
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/9359.html
前ページ次ページウルトラマンゼロの使い魔 ウルトラマンゼロの使い魔 第百十五話「決戦!怪獣対マシーン」 自然コントロールマシーン テンカイ 自然コントロールマシーン エンザン 自然コントロールマシーン シンリョク 友好巨鳥リドリアス 地中怪獣モグルドン 電撃怪獣ボルギルス 古代暴獣ゴルメデ 登場 タバサをガリアの魔の手から救出し、ラ・ヴァリエール領まで逃れてくることに成功した ルイズたち一行。だがしかし、彼らの元へ異常な現象が接近してきた! 暴風が吹き荒れ、 気温が急上昇し、森が森を侵蝕してくる! 敵の新たな攻撃か! ルイズと才人にまたしても危機が迫る! ラ・ヴァリエール領に広がる森の木々を、台風が吹き飛ばし、猛烈な熱波が焼き焦がし、 そして元の場所には別の樹が新しく生えてくる。このサイクルが恐ろしい速度で進んでいく。 まるで土地が別のものに塗り返されていくようであった。 才人は徐々にラ・ヴァリエールの城に近づいてくるその現象を、険しい目つきで見やった。 「どう見ても自然の現象じゃない……。あれもガリアの差し金か!?」 『どうやら、タバサたちより先に俺たちを始末しようってつもりみたいだな』 ゼロのひと言にうなずいて、才人は額に浮かんだ玉のような汗を腕でぬぐった。台風の方角から 飛んでくる熱波は、城内の気温も殺人的な勢いで上げていっているのだ。 「うぅ……!」 「カトレアさんッ!」 真っ先にダウンしたのはカトレアだった。身体の弱い彼女が、急上昇していく気温に耐えられる はずがないのだ。才人は思わず振り返って叫ぶ。 「お嬢さま、大丈夫ですか!? しっかりして下さい!」 「……!」 カトレアの身体を支えるヤマノが必死に呼びかけた。エルザも不安な眼差しをカトレアに 向けている。 カトレアは高熱に耐え切れずに意識を失っていた。危険な状態だ。 「エルザ、君の力で気温を下げられないか?」 「ダメ……周囲一帯の精霊が、怪しい力で抑えつけられてる。これじゃ、精霊の力が使えない……」 エルザの返答を受けてヤマノは、才人へ振り返った。 「私たちはお嬢さまをここから避難させる。どうか君たちの力で、お嬢さまたちを助けてほしい!」 「はい! 頼まれるまでもないです!」 ヤマノの懇願に、才人は即座に首肯した。このままではこの城にいる全ての人々が危うい。 いや、もしかしたら危険なのはトリステインの全国民の命かもしれない。そんなことを許せる はずがなかった。 「すまない、頼んだよ!」 ヤマノとエルザは二人でカトレアを運んでいき、医務室から出ていった。 一方で、接近してくる異常気象に新たな動きが起こった。 『才人、あれを見ろ!』 台風が引き起こす渦巻く暴風が徐々に収まり、その中から三つもの巨大な影が露わになった。 「プア――――――!」 「ギュウウウウウウ!」 それらは全て明らかな人工物……巨大な機械であった。宙に浮いているものは釣り鐘のような 形状で、中央のタービンが回転することで暴風を引き起こしている。後の二体は手足のある ロボットであり、片方はクワガタムシを思わせる二本の角を生やしていて、もう片方は塔の ような胴体をしていた。 この三体のロボットには、表面に謎の文字が刻まれているという共通点があった。当然ながら、 ハルケギニアに存在する文字とは全く違うことは明白だった。 「何か、漢字に似てるな……」 才人はそんな風に感じた。実際に、現在の漢字のルーツの一つである篆書体が正体であった。 これらロボット怪獣たちの正体は、ある宇宙の地球の環境を作り変えることを目的として 送り込まれた自然コントロールマシーン……人工の台風で大気を洗い流すテンカイ、気温を 自在に操作するエンザン、そして大地を森林で埋め尽くさせるシンリョクである。 三体の自然コントロールマシーンが才人たちへの刺客となって、城に接近してきているのだった。 「くッ、これ以上近づけさせてたまるか!」 マシーンたちの侵攻を阻止するために、才人は医務室を飛び出して屋敷の正門へ向けて駆け出した。 こっちから可能な限り近づいて、そこから変身して一気に仕留めてやる。 「うぅッ……! あ、暑い……!」 「く、苦しい……! 誰か、手を貸して……!」 「しっかりしろッ! 気を強く持つんだ!」 城内の至るところで、使用人らが急激に上昇していく気温に当てられて悶え苦しんでいた。 脱水症状を引き起こして、近くの者に助けられている人も少なくない。熱波の影響は、既に これほどの事態を発生させているのだった。 ぐッ、と歯を食いしばる才人。こんな光景は他の場所でも起きているのだろう。使用人だけ ではない、先ほどのカトレアのように、他のルイズの家族、自分の仲間たち、そしてルイズも また苦しめられているのだろうか。メイジの系統魔法が先住魔法にどうやっても敵わないのと 同じように、自然の法則そのものをねじ曲げる自然コントロールマシーンの力には魔法で 太刀打ちすることは出来ない。 「俺がみんなを救わなくちゃ……!」 辺りには苦しむ人たちが大勢いるが、彼らに構っていても根本的な解決にはならない。 才人は後ろ髪を引かれる思いを覚えながら、それを振り切って正門から外へ飛び出した。 マシーンたちは才人の正面から少しずつ接近してきている。 「よし……行くぜッ!」 覚悟を固め、マシーンたちに正面から向かっていこうとした。が、 「待ちたまえ、きみ! こんな時に一体どこへ行こうと言うのだね!?」 「うおぅッ!? ギーシュ!?」 後ろからギーシュに肩を掴まれて引き留められてしまった。途中で走っていく自分の姿を見つけ、 追いかけてきていたのだった。 「きみ、屋敷の中には助けを求める人たちでいっぱいだ! 副隊長として、彼らを助けないで どうするのだね!?」 「い、いやけど、あいつらを……!」 「まさかあのゴーレムたちを止めようというつもりか!? 馬鹿な真似はよしたまえ! 暑さで頭がおかしくなってしまったのか!?」 「いやそうじゃないんだけどッ!」 しどろもどろになる才人。早くギーシュをかわして変身しなければならないのに、上手い 言い訳が思いつかない。 そんなことをしている間にも、マシーンたちは距離を詰めてきている! しかしその敵たちに対し、果敢に立ち向かうものが現れた! 「ピィ――――――!」 「グウワアアアアアア!」 「ピュ――――――イ!」 「グイイイイイイイイ!」 リドリアス、ゴルメデ、モグルドン、ボルギルス。カトレアの厚意でラ・ヴァリエール領に 暮らす怪獣たちだ! それぞれテンカイ、エンザン、シンリョクにぶつかっていき、進撃を食い止める。 「あいつら……!」 才人は驚きと、喜びの感情を浮かべた顔で怪獣たちを見上げる。カトレアのあらゆる種族に 対して分け隔てない優しさが今、彼女たち自身を助ける結果につながっているのだ。 「ギュウウウウウウ!」 「プア――――――!」 だが怪獣たちの抵抗も短い時間の間だけだった。テンカイは機体から突風を吹き出して リドリアスをはね飛ばし、エンザンは胸部から高熱火炎を発射してゴルメデを弾き、 シンリョクは森を操って巨大な蔓を伸ばし、モグルドンとボルギルスを地に伏せさせる。 更にテンカイは倒れたリドリアスの上に落下して押し潰し、エンザンは角から赤い電撃を ゴルメデに向けて撃ち、シンリョクは緑色の光弾を放ってモグルドンとボルギルスを一方的に 痛めつける。 「ピィ――――――!」 「グウワアアアアアア!」 「ピュ――――――イ!」 「グイイイイイイイイ!」 自然コントロールマシーンは高い戦闘力も有していたのだった。怪獣たちの苦悶の叫び声が轟く。 「やめろぉーッ!」 思わず叫ぶ才人。早く怪獣たちを助けてやりたいが、ギーシュがすぐ横にいる今、彼の前で 変身することは出来ない。どうしたらいいのか。 いっそのこと当て身を食らわせてギーシュを気絶させてしまおうかと物騒なことが頭をよぎった その時、彼らの元に一陣の疾風が吹き荒れた! 「うわぁぁぁッ!?」 風に吹かれてひっくり返るギーシュ。彼の側から、才人の姿が忽然と消えた。 才人の方は疾風の正体――シルフィードにまたがったタバサに引っこ抜かれていた。 「タバサ!?」 一瞬面食らった才人だが、タバサは自分が困っているのを察して手を貸してくれたのだろう。 彼女はこれまでにも、いざという時に自分を助けてくれた。感謝しきりだ。 だが次の彼女の発言に、更に驚愕させられることとなった。 「どの辺りで出来る?」 「えッ、何が?」 「ウルトラマンゼロに変身」 当たり前のようなひと言に、才人は思い切り目をひん剥いた。 「お、お前どうしてそれ……い、いや! 何のことかな……」 「ルイズの系統は“虚無”」 一瞬シラを切ろうとしたが、続く指摘で、タバサが当てずっぽうにものを言っているのでは ないことを分からされた。 「……知ってたのか」 「見てれば分かる」 才人は脱帽した。タバサは聡明な少女だ。彼女の目を欺き続けることは土台無理だった訳だ。 気持ちを切り替えた才人の判断は素早かった。怪獣たちをいたぶるマシーン軍団の影響がない ギリギリ手前の地点を指して頼む。 「あの辺まで近づいてくれ!」 タバサがうなずき、シルフィードが迅速にその方向へ飛んでいく。そして才人はシルフィードの 背の上で、ウルトラゼロアイを装着した。 「デュワッ!」 才人が飛び出していきながら変身、巨大化し、弾丸のようにエンザンへと突撃していく! 「シェアァァァッ!」 「ギュウウウウウウ!!」 ウルトラマンゼロの体当たりによってエンザンが弾き飛ばされ、ゴルメデは電撃攻撃から解放された。 ゼロは続けてテンカイを鷲掴みにして投げ飛ばし、シンリョクに猛然と肉薄してハイキックで 蹴り倒すことで残る三体も救出した。 『テメェらの傍若無人もここまでだ! こっから先に通ろうなんて、二万年早いんだよッ!』 下唇をぬぐって啖呵を切るゼロ。その姿を、タバサがどこかほれぼれとした様子で見上げた。 『お前たち、よく頑張ったな。後は俺に任せて避難しな!』 「ピィ――――――!」 ゼロは助けた怪獣たちをこの場から下がらせる。一方でマシーンたちは体勢を立て直して、 攻撃の矛先をゼロに向けた。 「ギュウウウウウウ!」 まずはエンザンが一番手となって、角を前に突き出して突進してくる。ゼロは変に避けよう とはせず、角をはっしと掴んで突進を受け止めた。 『であッ!』 「ギュウウウウウウ!」 そして後方へと受け流す。前のめりになったエンザンは腹這いになり、勢い余って地の上を ズリズリ滑っていった。 「プア――――――!」 だがエンザンへの追撃は出来ない。直後にテンカイが突風を吹き、竜巻を巻き起こして ゼロにぶつけてきたからだ。 『ぐッ!』 さすがのゼロも猛烈な風の影響を無視することは出来ず、身体がよろめく。その隙を突いて、 シンリョクが植物を操って蔓でゼロの身体を拘束した。 『うおッ! このッ!』 ゼロは瞬時にゼロスラッガーを自動で飛ばして蔓を切断する。が、間髪入れずにエンザンが 背後から火炎攻撃を飛ばしてきた。 「ギュウウウウウウ!」 更に前方からはシンリョク、テンカイが光弾と竜巻をぶつけてくる。ゼロは三体のマシーンに 袋叩きにされる。 『うおおぉぉぉッ!』 同じ系統のマシーンだけあって、三体の連携は確かなものだ。合体攻撃を耐えるゼロだが、 その時に彼の超感覚が応援の声を聞き止めた。 「ゼロ! 頑張ってッ!」 それはルイズの叫ぶ声であった。姿は見えないが、彼女は自分も熱波と暴風に苦しめられる中、 ゼロと才人の戦う姿をしっかりと見届けてくれているのだ。 そしてルイズの存在を意識した途端に、才人の心にめきめきと力が湧き上がってきた。 『ルイズ……! おおおおおおッ!!』 『才人!?』 ルイズの声を聞く。それだけで才人の精神に、不思議なくらいに気力と闘志、彼女を助けるのだ という使命感が膨れ上がり、ゼロの力につながった。 「セアァッ!」 ゼロは自分の周囲にスラッガーを回転させ、マシーンたちの攻撃を切り払った。次いでその場で 回りながらエメリウムスラッシュで反撃。 「ギュウウウウウウ!」 「プア――――――!」 エンザン、シンリョクはレーザーに撃たれて倒れ込んだが、テンカイは上空へ飛び上がって回避。 しかしその瞬間にゼロはルナミラクルに変身。無防備になったテンカイの底部に向けて、 一直線に突っ込んでいく! 『せぇぇぇぇいッ!』 超能力で急加速した勢いでの突進はテンカイを綺麗に貫通した! ゼロはテンカイから 引き抜いたダンベル型のコアを、テンカイの機体に投げ返す。 テンカイはコアごと粉々に爆散して、風に吹かれて消えていった。 「プア――――――!」 着地したゼロにシンリョクが再び蔓を伸ばして拘束しようとする。しかしゼロは着地と同時に ストロングコロナに変化を遂げていた。 『うおおおおぉぉぉぉぉッ!』 ストロングコロナゼロの怪力が易々と蔓を引き千切り、ゼロはシンリョクに向けて灼熱の 光線を拳から放つ。 『ガルネイトバスタぁぁぁぁ――――――――ッ!』 光線がシンリョクに突き刺さり、貫通。一瞬にして全身を爆散させた。 「ギュウウウウウウ!」 最後に残ったエンザンに対し、元の姿に戻ったウルトラマンゼロは、才人の意志に突き動かされて 指を突き立てた。 『俺はこの星を守るッ! 出ていけぇッ!!』 才人の恫喝にエンザンは怖気づいたようによろめき、ガクリと腕を垂らすと背を向けて去り始める。 と見せかけて振り返り、火炎放射を繰り出してきた! 汚い騙し討ちだ! だがゼロはその程度のことは読み切っていた。スラッガーをカラータイマーに接続して、 エネルギーチャージ。 「シェアァァァァァッ!」 そうしてツインゼロシュートを発射! 超威力の必殺光線がエンザンを撃ち、瞬時に消し飛ばした。 『よしッ!』 心の中でガッツポーズを取る才人。自然コントロールマシーンが全て破壊されたことで、 熱波は収まり気温は元通りになっていく。黒雲も晴れていき、満点の星空が露わになった。 『やったな、ゼロ! 俺たちの逆転勝利だぜ!』 才人は喜びはしゃいでゼロに呼びかけたが、何故かゼロからの反応が薄い。 『ああ、そうだな……』 『ん? どうしたんだ?』 『……いや、何でもねぇさ』 何やら含みのありそうなゼロだったが、結局何も言わずに飛び立って星空の彼方へと飛び去っていった。 自然コントロールマシーンの襲撃を乗り越え、一夜を明かしたルイズたち一行。日が昇ると、 彼らはいよいよ魔法学院に帰るためにラ・ヴァリエール領から発っていった。 その道程の途中で、ウェザリーが離脱する。彼女は役目を果たしたために刑期を繰り上げて 内密に釈放されることになっていたので、ここで解放されることとなったのだ。中途半端な 場所ではあるが、以前襲撃した学院に顔を出す訳にもいかない。 「お別れですね、ウェザリーさん」 街道の途中で馬車を止め、才人たちはウェザリーを見送っている。 「タバサを救出する作戦があんなにも上手く成功したのは、ウェザリーさんの力のお陰です。 本当に助かりました」 「肝心なところでは、力になれなかったけどね……」 「いえ、そんなことないですよ! ……ところで、ウェザリーさんはこれからどうするつもり なんですか?」 ウェザリーは一家離散して、頼るあてのない身の上だ。彼女のこれからを才人は少々案じるが、 ウェザリーは快活に微笑んだ。 「大丈夫。新しく演劇好きの仲間を募って、劇団を立ち上げてハルケギニア中を回るわ。 もちろん今度は裏なんてなしの、ね。旅路の中で、離ればなれになった家族や元領民も 見つけられるかもしれないし」 ウェザリーは並んだルイズたちの顔をゆっくりながめる。 「決してあきらめずに困難に立ち向かっていったあなたたちのように、私も前だけを向いて 生きていくわ」 「……頑張ってね、ウェザリー。遠く離れた場所からでも、ずっと応援してるわ」 「ありがとう。いつかまたトリスタニアで劇を行う時には、必ずあなたたちを招待するわ」 「楽しみに待ってるわね!」 ルイズと固い握手を交わすウェザリー。そして彼女は一行の元から離れ、自身の新たな道を 進み始める。 「さようなら、ウェザリーさーん!」 ウェザリーの旅立ちを、才人たちは大きく手を振って送り出したのだった。 ルイズたちの一方で、王宮に帰還したアンリエッタの元には、突然の来客が訪れていた。 それもとびきり驚くべき人物の。 宮廷の応接間に迎えたその客を前に、アンリエッタはしばし呆然としてしまった。 濃い紫色の神官服に、高い円筒状の帽子を身に纏った美青年。彼の服装は、ハルケギニア中の 神官と寺院の最高権威、つまりロマリアの教皇だけに許されたものである。 彼こそはヴィットーリオ・セレヴァレこと、聖エイジス三十二世。三年前に即位したばかりで あるが、ロマリア市民から絶大な支持を持つ現在のロマリア教皇である。形式上は、アンリエッタ よりも地位が上なのだ。 「教皇聖下、即位式には出席できませんで、大変失礼致しました」 当時のアンリエッタは流行風邪により、彼の即位には立ち会えなかった。その無礼を詫びると、 エイジス三十二世は慈愛に満ちた微笑を返した。 「ヴィットーリオとお呼び下さい。私は堅苦しいばかりの行儀を好みません。即位式など、 ただの儀式です。あなたが、神と始祖の敬虔なるしもべということに変わりはありません。 それで私には十分なのです」 エイジスの雰囲気は、その辺の神官によくある、権威を笠に着た尊大さは欠片ほどにもなかった。 ある意味ではハルケギニアの最高権力者という立場とは裏腹な、あまりにも物腰柔らかな姿勢には、 アンリエッタにはまぶしくさえ見えた。 しかし、そんな彼の突然の訪問にはどのような目的があるのだろうか。教皇ほどの人物が、 一国の王とはいえ権力が下の人物の元にわざわざ出向いてくるなど、滅多にあることではない。 アンリエッタがそのことについて尋ねると、エイジスは深いため息を吐いて聞き返した。 「アンリエッタ殿は、先立っての戦役をどうお考えか?」 エイジスは、アルビオンでの戦のことを尋ねているのだ。レコン・キスタのアルビオン王家 転覆から端を発し、異次元人の陰謀により戦火が広がり、遂にはハルケギニア人同士の衝突に 発展して、戦火が生む負の念が最悪の事態を招きかけた、忘れようもない一連の戦。ウルトラマン ゼロたちの献身がなければ、ハルケギニアは間違いなく滅亡していたことだろう。アンリエッタは そのことには自分にも責があるとして、この戦のことは非常に重く受け止めているのだった。 「悲しい戦でありました。もう二度と、あのような戦は繰り返したくない。そう考えております」 アンリエッタの回答に、エイジスは満足げにうなずいた。 「どうやらアンリエッタ殿は、私の友人であるようだ」 「どのような意味でしょうか?」 「その通りの意味ですよ。常々、私は悩んでおります。神と始祖ブリミルの敬虔なるしもべで あるはずの私たちが、どうしてお互いに争わねばならぬのかと。まして、現在のハルケギニアは 人間同士の争いの他にも、恐るべき災厄に見舞われています」 怪獣災害や侵略者の攻撃のことである。当然ながら、これらの大問題にエイジスは思うところが 大きいようだ。 「我々のような立場の者は今こそ、神と始祖の名の下に団結し、これらの災厄に立ち向かい 世の平和と安寧を取り戻さねばならぬ。そうは思いませんか?」 「まこと、聖下のおっしゃる通りです。しかしながら、わたくしたちに立ちふさがる困難に対して、 悲しいことにわたくしたちはあまりに無力。わたくしのような未熟者では、どうしたら良いのか 見当がつきません」 それがアンリエッタの悩みの種であった。自分たち人間がもっと強い存在であったならば、 今よりもずっとゼロたちを手助けできるのに。 すると、エイジスはこのように言ったのだった。 「私はそのための手段の提示と、アンリエッタ殿のご協力の取り次ぎを申し出るために参ったのです」 エイジスは餌を取り合う二種類のアリの例で喩えながら、その手段というものをアンリエッタに 語った。アリ同士の争いを治めるためには、両方に餌を与えればよい。そしてそれが出来るのは、 アリにとって巨大すぎる人間のような、絶大な力を持った存在。 要するに、平和を維持するためには巨大な力が必要なのだと。 「わたくしたちのどこにそのような力が……」 聞きかけたアンリエッタは、目の色を変えた。エイジスは“虚無”のことを示しているのだった。 彼は、アンリエッタが既に“虚無”の担い手に関わっていることを見抜いているのであった。 エイジスは今こそ四つに分かれた“虚無”の力を集め、またその力に行き先を与えるのだと唱えた。 その力に行き先とは、聖地。エイジスはエルフから聖地を取り返し、そこを心の拠りどころにして ハルケギニア中の人間の信仰を回復し、意識を一つに纏めることを考えているのだった。 「“虚無”の力で異界からの災厄も祓えることは実証済みです。信仰によって、真の平和は 訪れます。今こそがエルフより聖地を奪還する時なのです」 「……また争うのですか? 今度はエルフと? おっしゃったではありませんか! もう争いは たくさんだと!」 「強い力はエルフに向けて使うのではありません。我らは“虚無”を背景に、エルフたちと 平和的に“交渉”するのです」 エイジスの言葉には、一点の嘘の曇りもなかった。彼は本気で、ハルケギニアに平和を 取り戻すことを考えているのだ。そのために彼が提唱する方法にも、一理ある。 しかし……アンリエッタは、そう安易にうなずくことは出来なかった。彼女はアルビオンで、 人の『闇』を見た。闇が結集して生まれ出た究極超獣は、エイジスが絶対的な自信を見せる “虚無”すら寄せつけなかった。あの出来事で、アンリエッタは人の心の闇と、力の危険性に 対して以前よりもずっと慎重な態度を取るようになっていた。 果たして聖地を取り返すことで、本当に人の意識は一つに纏まるのか? 人が集まるほどに、 闇が巨大化することはもう分かっている。もし何かを間違えて、集めた“虚無”の力の矛先が 自分たちに向いたら、それ以上に恐ろしいものがまた生まれたりしたら……その時は取り返しが つくのだろうか? アンリエッタはその気持ちをエイジスに吐露した。 「聖下のお話は壮大すぎて……人の身であるわたくしには、それが正しいのかどうか判じかねます。 それに、わたくしたちには幸いにも災厄を取り除いてくれる、強い味方がおります。焦ってエルフと 相まみえるという大きな危険に臨むこともないのではないでしょうか?」 と告げた、その瞬間……エイジスの聖職者の威光が、かすかに陰ったようにアンリエッタには 感じられた。 「ウルティメイトフォースゼロと呼ばれる巨人たちですね……。確かに彼らは現在、我らを 助けてくれております。しかし……彼らは本当に善意ある存在なのでしょうか」 「は……?」 「彼らは後に、私たちを助けた報酬としてハルケギニアを要求するつもりかもしれません。 いえ、彼らが現れ出してから、怪獣もまた出現するようになったのです。ひょっとしたら 彼らこそが、ハルケギニアを覆う災厄の黒幕なのかもしれませんよ」 その言葉に、アンリエッタは思わず耳を疑った。聖人という言葉がそのまま人間になったかの ようなこの教皇が……そのような心ない発言をしようとは! 「聖下! お言葉ですが、それはあんまりですわ! わたくしたちとは根本から異なるとはいえ、 人の行いにそのような穿った見方をなさるとは……清廉たる聖職者の頂きに座するお方のご意見とは 思えませんッ!」 つい語気を荒げて批判すると、エイジスの表情に柔らかな微笑が戻った。 「失礼、言いすぎましたね。しかし、教皇である他に大勢の人身に対して責任を持つ立場で ある以上は、残念ながら人を疑わねばならぬ時もあるのです。どうぞご理解いただきたい」 エイジスの謝罪により、アンリエッタは幾分か落ち着いた。よく考えれば、自分は実際に ゼロたちと対面して彼らの人となりに触れたからエイジスの言うようなことはありえないと 判断できるが、エイジスからしたら彼らは未知の存在なのだ。警戒心を抱いていて然るべき なのかもしれない。 結局はエイジスの心配は杞憂なのだから、この件をこれ以上論ずる必要はないだろう。 「ともかく、“虚無”という大きな力に対して慎重になられるのは当然のことです。しかし、 あまり猶予がありません」 「猶予とは」 「ガリアです。哀しいことに、かの国は民の幸せより、己の欲望を是とする狂王が支配しております。 かの男には、“始祖の虚無”を与える訳にはいきませぬ」 アンリエッタの脳裏に、ガリア国王ジョゼフの姿が浮かんだ。実の弟であるオルレアン公を 虐し、ルイズやタバサたちに非道を繰り返した残虐な男。しかも未だ確証はないが、彼には怪獣を 操る恐るべき力までがあるのだ。そこに更に“虚無”まで明け渡すことは許されない。 ジョゼフをどうにかしなければならないことだけは、全面的に同意できた。 「神と始祖のしもべたるハルケギニアの民のしもべである教皇として、私はあなたに命じます。 お手持ちの“虚無”を一つところに集め、信仰なき者どもよりお守り下さいますよう」 アンリエッタはエイジスの命令により、ルイズの他にもう一人の“虚無”の担い手、 アルビオンのティファニアのことを考えた。 彼女はウェストウッド村に留まることを選び、また忘却の“虚無”も有しているので、 彼女が“虚無”の担い手であることは自分たちの他に知られていないはず。しかし…… 相手は脅威の全容も見えないジョゼフ率いるガリア。それだけで、絶対的に安心とは思えなかった。 やはり、ティファニアを暗黒の魔手から保護する必要がある。アンリエッタはそう判断した。 前ページ次ページウルトラマンゼロの使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/8510.html
前ページ次ページアウターゾーンZERO その頃、トリステイン魔法学院は大騒ぎになっていた。 謹慎中のルイズがいなくなったことはもちろんだが、学院の一室に安置されていたはずの才人の死体が消えてなくなっていたのだ。 ルイズが殺人で捕らえられることを恐れ、証拠隠滅のために死体を持ち去ったのか? その路線が濃厚だ。 直ちに捜索隊が組まれ、ルイズの行方を追うことになった。 もし見つかれば、重い処分は免れないだろう。 話はトリステイン総合学院は戻る。 ルイズは学院長室に通された。 「ようこそ、我が学院へ。私が当学院長のエーゲリッヒ・オティアスです」 オティアスと名乗った学院長は、にこやかな笑みを浮かべていた。 しかし、どうも面に貼り付いたような笑顔が気になる。 魔法学院のオールド・オスマン学院長よりやや若く見える。頭は禿げ上がり、コルベールといい勝負だ。 「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールと申します。よろしくお願いします」 「まあ、そう堅くならずに。私が、この学院の案内をさせていただきます」 オティアス学院長が自ら案内役となり、学院内を見学することとなった。 「まず、この学院は徹底した学力による実力主義を取っています。クラス分けは学力によって決まり、クラスによって生徒の待遇が違います」 学院長の説明を、ルイズは神妙な面持ちで聞く。 「テストを毎日行い、成績の悪い者は下のクラスに落ちます。ただし良い者は上のクラスに上がれます。毎日、生徒の入れ替えがあります」 「あの……質問よろしいですか?」 「はい」 「毎日生徒が変わるのでは、担任の先生は混乱しませんか?」 「大丈夫です。生徒は番号に寄って管理されています。生徒のデータは、番号とテストの成績だけですので、混乱はありません」 番号で管理……まさしく牢獄だ。 「それと、クラスによって待遇の違いがあるとおっしゃいましたが、どんなものですか?」 「はい。食事の時間、上のクラスほど食べられる食事の種類が増えます。最下位のクラスに至っては、パンと水くらいしかありません。さらに、椅子に座ることさえ許されず、床で食事をします」 「そ、そんな……」 まさしく、貴族と平民の違いだ。いや、王族と奴隷と言っていい。 「いい食事をしたければ、上に上がるしかないのです。それが実力主義です。ははは」 そんな理不尽な……と言いかけて、飲み込んだ。 もしかしたら、才人に対しても、おそらく同じことをしたのではなかったか。 理不尽を、何の疑問も持たずに才人にしようとしていたのか。 「ご覧下さい。ここが最上位のクラスの教室です」 教室はまるで、王宮の一室のようにきらびやかだった。 椅子、机、その他備品に至るまで、ピカピカに磨き上げられている。 生徒たちは張りつめた空気の中、教師の説明を聞き、ノートを取っていた。 その後、他のクラスの授業を見て回った。 魔法学院と変わらない作りの教室。これは成績中位のクラス。 下位のクラスに行くにつれ、教室のグレードが下がっていく。 「こ、これは……」 最下位のクラスを見て、ルイズは唖然となった。 机も椅子もボロボロ、生徒たちはやせ細り、まさしく囚人のようだ。 「ここに落ちたら、なかなか上がれません。そうならないために、誰もが必死なのです」 ただよってきた異臭がルイズの鼻をつく。糞尿の臭いだ。 「あ、あの……トイレは……」 「行かせませんよ」 「……!?」 「トイレには行かせませんが、衛生に関わりますので、教室の後ろの容器にさせます」 何ということを。 それは、人としての尊厳を奪うということだ。 「そ、そんなことをしたら、生徒の親が黙っていないのでは……」 生徒たちの親は、おそらく貴族のはず。平民ならともかく、貴族の子供にこんなやり方が許されるはずがない。 「大丈夫です。ここはいわゆる治外法権となっていまして、国の法律の制約を受けないのです」 「し、しかし、生徒たちは貴族なんでしょう? もし親が聞いたら……王家に報告したら……」 「ここは存在が極秘の上、箝口令が生徒や父兄に行き届いておりますので、情報漏れはありません」 どうにも信じられない。 「貴族も平民も関係なく、人生は戦いです。戦いに勝ち抜いていくためには、これが最良の教育なのです」 ルイズは唖然として声も出ない。 その時、鐘が鳴った。 「あ、休み時間ですね。このクラスにはありませんが」 「休み時間がないんですか?」 「そうです。落ちこぼれた者に、休みは必要ありません。食事と睡眠以外は休みはなしです。ではそろそろ行きましょう」 学院長に連れられ、ルイズは教室を後にした。 「ん? 君、今廊下を走りましたね」 学院長は、小走りしていた男子生徒を呼び止めた。 「あ、あのトイレに……」 「いけませんねえ、規則は守らなければ」 学院長は、廊下の脇にあった鉄棒を手に取った。 「……えいっ!!」 「ぎゃっ!!」 頭を鉄棒で殴られ、男子生徒は倒れた。頭から血が流れている。 「な、何を……!!」 ルイズは息をのんだ。 「あー、これは教育的指導です。ははは」 学院長は笑いながら答える。 「こ、これ、死んで……」 「不幸な事故というものです。心配しなくてもそれは美化委員が片付けますから。ははは」 倒れた生徒は動かない。明らかに死んでいる。 しばらくして、美化委員らしき生徒たちが、無表情のまま死体を運んでいった。 別の生徒たちが、黙々と廊下の掃除をしている。 もうルイズは言葉がなかった。 ルイズは学院長室に戻った。 「以上が、当学院の概要です。さて……」 学院長は一枚の書類を差し出す。 「あなたはすでに、特待生として、推薦入学の許可が降りています。こちらの書類にサインしてもらえれば、あなたはここの生徒になれますが……もちろん無理にとは言いません」 サインをすれば、入学できる。 でも、どうする? ここは明らかに異常だ。 貴族の子供をまるで囚人のように扱い、教育と言って殺すことも許される。 では、魔法学院に戻るか? しかし戻った所で、人殺しとなじられる毎日が待っているだろう。 そして、また『ゼロのルイズ』と嘲られる。 でもここなら、特待生として入学できる。もうゼロと呼ばれることはない。 学業の成績なら自信がある。成績が良ければ、少なくとも、まともな暮らしは保証されるのだ。 ルイズは決心した。 「わ……わかりました。私、ここの生徒になります! 正直言ってまだ……狐につままれたような気分ですが……気に入りました!」 「そうですか……わかりました。ではサインをどうぞ」 ルイズは渡されたペンで、書類にサインをした。 「おめでとう! 今日からあなたは当学院の生徒です」 「お世話になります!」 ルイズは頭を深々と下げた。 「……早速ですが……あなたは当学院の規則に違反しています」 「え?」 「ピンク色の髪、マントの長さ、杖の長さ、吊り目、胸の大きさ……その他諸々で……全部合わせた処罰は……」 学院長は一旦言葉を切る。 「『終身独房にて学習』、ですね。ははは」 「ご、ご冗談を……」 「冗談なんかではありませんよ。……入りなさい」 その時、学院長室のドアが開いた。 続いて、大柄な黒服の男が二人は言ってきた。 「な、何を……!!」 驚く間もなく、ルイズは両脇を掴まれてしまった。 「は、離しなさい!! こんなことをしてただで済むと思ってるの!? 私を誰だと……」 「だから言ったでしょう、ここは貴族も平民も関係ないのです」 ルイズは必死に暴れたが、男たちの力にはかなわない。 「は、離して!!」 抵抗空しく、地下室の独房に引きずられるように連れて行かれた。 「きゃっ!」 独房に放り込まれたルイズは、床に倒れた。 「や、やめて!!」 続いて鎖で手足、首までも繋がれる。 「な、なぜ!? なぜこんなことをするの!?」 「なぜだか教えてあげましょうか」 ついてきた学院長が、顔面に手をかける。 「バカ貴族のあなたには……」 学院長の顔面がはずれた。仮面を付けていたのだ。 「言っても無駄だからですよ」 現れた素顔は、ルイズがはずみで殺したはずの才人の顔だった。 「サイト!?」 学院長……才人が出て行った後、重い扉が音を立てて閉まった。 それから、連日……。 「なんだなんだ! ほとんど間違えているじゃないか!!」 「す、すみません……お腹がすいてて……」 「何度謝ったら気が済むんだ! 犬でももっとマシな物覚えだぞ!」 「ぐっ……」 「何だ、その目は! 反抗した罰として、鞭打ち30発!!」 「ぎゃああああああっ!! 痛い!! 痛い!! 許して下さいー!!」 その後……行方不明になったルイズは、結局見つかることはありませんでした。 使い魔を死なせたことを苦に逃亡したものと処理されましたが……皆さんはおわかりのはずです。 抜け出すチャンスがありながら、彼女はアウターゾーンから出られなくなってしまったことを……。 場面は日本へと移ります。 「あいててて……」 もうろうとする意識は、頭痛で次第にハッキリしてきた。 「……おっ、気がついたか。大丈夫か?」 誰かが呼ぶ声がする。 「! こ、ここはどこだ!?」 才人は弾かれるように起き上がる。すると、見慣れた景色が目に飛び込んできた。 周囲には人だかりができている。 「え? 秋葉原だけど……」 野次馬の一人が答えた。 「秋葉原? あの時俺は、召喚されて……」 あの時ルイズに暴行を受けて死んだはず……。 「君、悪い夢でも見てたのか? うなされてたよ」 「夢? じゃあ、あれは全部……夢だったのか? ……こ、これは……!」 腕には生々しい鞭の跡が残っている。ルイズにやられたものだ。それ以外は考えられない。 「一体……何があったんだ? 何がどうなったんだ?」 彼は死んではおらず、仮死状態になっていただけでした。 どうやら、それで彼はアウターゾーンから抜け出せたようですね。 さて、皆さんもハルケギニアへおいでの際は、トリステイン総合学院へ入学しませんか? ただし、厳しい教育方針ですのでそのつもりで! 前ページ次ページアウターゾーンZERO
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/7591.html
前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔 第75話 伝説の勇者たち (前編) 四次元怪獣 トドラ 登場! 異世界ハルケギニアにて、宙に浮かぶ大陸アルビオンの今後一千年の歴史を 左右するであろう最終決戦が、その後ろで糸を引いているものの思惑も含めて 幕を上げようとしている頃、舞台裏では表の大事にも匹敵する特大の異変が 生じていた。 イギリスの事件を解決させ、日本への帰路についた、元GUYS JAPAN隊員 イカルガ・ジョージとカザマ・マリナを乗せた、ヨーロッパ航空101便を、突然の激震が 襲ったとき、偶然か、それともたちの悪い運命であったのか、この一機の超音 旅客機をめぐる、GUYS史上に特筆されて残る事件は始まっていた。 怪獣ジラースとの戦いの疲れもあって、機内で安眠をむさぼっていた ジョージとマリナは、機体を貫いた不気味な振動に目を覚ましていたが、 最初はよくある乱気流にでもぶつかったのではと、あまり気にしなかった。 けれど、次第に窓際の乗客たちが騒ぎ出し、これはただ事ではないなと感づいた。 「どうかしたんでしょうか? なにやら騒がしいですが」 「それが、飛行機の外が突然真っ白になって、なにも見えなくなっちゃったんです」 隣に座っていた、壮齢の女性に何事かを尋ねて答えを得ると、確かに機外の 風景が右を見ても左を見ても白一色に染まっていた。最初は雲の中かと 思ったが、飛行機は普通危険な雲の中は飛ばない。GUYS時代から、キッカー、 レーサーとして培った危険を察知する直感が、背筋を冷たい手でなでられるような 感覚を彼らにもたらしていた。 「マリナ、どうする?」 「待って、まだ異常事態とは限らないわ。もう少し様子を見ましょう」 様子はおかしいが、もしかしたら本当にただ何かしらの理由で雲海を飛んでいる だけかもしれない。だがそのころ、東京国際空港には、ヨーロッパ航空101便からの SOSが届いていたのだ。 「こちら101便、トウキョウコントロール、当機の位置を教えられたし」 「ディスイズトウキョウコントロール、101便、そちらの位置はこちらのレーダーには 映っていない」 「そんな馬鹿な、こちらはすでに日本の領空に入っているはずだ。高度も七〇〇〇は あるはず、映らないはずはない!」 「本当だ、こちらもロストしたそちらを探しているが、いまだに発見できない。 周りになにか見えないのか?」 「それが、周り中濃い雲に覆われてしまって、どこまで行っても切れ目がないんだ。 おまけに、高度計がいかれてしまって、上昇も下降もできないし、GPSにも 反応がない。なんとかしてくれ」 悲鳴のような101便からの救助要請に、管制官はすぐにでも救難隊を差し向け たかったが、位置がつかめないのではどうしようもなかった。 「ともかく落ち着いて、状況と位置の把握に努めろ、無線が通じるということは 日本近辺のどこかにいるはずだ。こちらも至急対策を考える」 そうは言ったものの、管制官にできることは上司に報告し、引き続き101便の 行方を捜索するくらいしかなかった。 しかし、そうしているうちにも101便が東京国際空港に到着している時間は 迫ってきて、乗客たちも異常事態に気づき始めていた。 「おいどうなっているんだ、もう空港についていていいはずじゃないか!」 「今どこを飛んでるんだ? 本当に日本に着くんだろうな!」 乗客が不安のあまりにスチュワーデスに詰め寄り始めている。もちろん、 ただの客室乗務員に事態を解決できるはずはないのだが、冷静な判断力を 失いかけている乗客はわからない。 ジョージとマリナも、もう普通ではないのは確実だと席を立とうとしたが、 二人が立とうとしたときに、逆隣に座っていた親子の、三歳くらいの男の子が 大声で泣き出してしまった。 「ああ、どうしたのひろくん、泣かないでね、よしよし」 母親が泣き喚く子供をあやそうと頑張っているが、子供はこの場の殺気立った 空気を怖がっているので、なかなか泣き止んでくれない。マリナは、このまま いこうかどうか迷ったが、そのとき親子の反対側の窓際に座っていたざんばら髪の 山登りをしてきたようなかっこうをしたおじさんが、リュックから茶色くて先っぽが 筆のようになった大きな棒を取り出して、泣く子供の鼻先をこちょこちょとくすぐった。 「ほらほらぼうや、これ見てみい。これはな、ライオンの尻尾なんやで、これで 頭をなでるとな、強い子になれるんや、だからぼうやも泣くのやめ」 うさんくさい関西弁で、その山男みたいなおじさんはニッと歯を見せながら、 男の子に笑いかけると、男の子は最初びっくりしたようだったが、ライオンの 尻尾と聞いて興味を持ったようで、おそるおそるもじゃもじゃに手を出した。 「ライオンの尻尾? ほんとに」 「ああ本当や、おじさんは世界中を冒険しててな、アフリカで秘境探検の末に 原住民の長老からこれをもろたんや。古代の魔力がこもったすごいもんなんやで、 だから、これでなでられたぼうやはもう強い子や、強い子は、泣いたりへんよな?」 「……うん!」 「ええ子や、じゃあ特別サービスで、これは坊にやる。大事にせいよ」 「うん!」 男の子は、そのインチキくさいライオンの尻尾とやらを大事に抱きしめて、 うれしそうに笑った。 そんな様子を、母親や、ジョージとマリナも唖然として見ていた。見るからに 怪しい変なおじさんだが、母親でもあやせなかった子供のかんしゃくを ピタリと抑えてしまった。 けれど、機体にまた激しい振動が加わると、その子はビクリと震えて、 母親にしがみついた。やはり子供は子供、自分ではどうにもならないことに 恐怖を感じるのは当たり前なのだ。だがそこへ、二人をはさんで反対側に 座っていたおばさんが、ビニール紙に包んだキャラメルを差し出してくれた。 「どうです、なにかを食べてれば気分も落ち着きますよ。皆さんもどうぞ」 「あ、どうもありがとうございます」 行き渡った四つのキャラメルをそれぞれが口に含むと、ほんのりとした 甘さが、口の中に広がっていった。 「あまーい」 「うん、こりゃうまいで」 「それはよかった。実は私は北海道で牧場をやっているんですけど、 そこで育てた牛からとった牛乳で作ったもので、イギリスに営業に 行った帰りなんです」 確かにこのうまさなら、イギリスでも通用するだろうと、ジョージもマリナも思った。 男の子も、すっかりうれしそうにしながら、母親といっしょに口の中の キャラメルを舐めている。 そこで、インディアンのおじさんが、男の子の頭を豪快になでた。 「よかったな坊や、けどもう男の子は泣いちゃいかんで」 「うん……でも」 「怖いか? だいじょぶや、おじちゃんがついとる。実はおじちゃんはな、 昔防衛隊にいてな、怪獣と戦っとったんや」 「ほんと!?」 「ほんとや、こーな、でっかい宇宙ステーションや、かっこいいジープを 乗り回しとって……おっと、わしゃ免許はなかったっけか? もちろん、 ウルトラマンといっしょに戦ったこともあるんや」 得意げに話すおじさんの言葉に、男の子はすっかり夢中になっている。 「だからな、そんなすごいおじちゃんがおるんやから、坊が心配することは なんもあらへん。そっちの兄ちゃんたちや、おばちゃんも平気にしとるやろ」 こういうとき、大人がしっかりしなければ子供はどうしていいかわからない。 ジョージとマリナは毅然とした態度で、男の子に笑いかけ、おばさんも にこやかに微笑んでいた。 「これで、もう大丈夫ですわね」 「ええ、ですがそれにしても、あなたはこの状況でよく平然としていられますね」 マリナは、周りの乗客が少なくともそわそわしているのに、このおばさんは まったくといっていいほど平然としているのに、少し驚いていた。 「いえ、私も不安ではありますけどね。実は、私の兄が昔防衛隊で働いて いましたから、母の教えで、いつも命がけで頑張っているシゲルに恥ずかしく ないように、私たちも強く生きましょうって、そうやってきたんです」 ということは、怪獣頻出期のいずれかの時期にあった防衛チームのどれかに 所属していた人のご家族ということか、確かに防衛隊は警察や消防と同じく いつ死んでもおかしくない危険な仕事であるために、家族にもそれ相応の 覚悟が必要とされ、それゆえにテッペイのようになかなか家族に打ち明けられ なかったり、親御さんが除隊を求めることも少なくないという。 二人は、こうした人々にも歴代の防衛チームは支えられてきたのかと、 目に見えないところで頑張っている人々の熱い思いに感じていた。ならばこそ、 今こそ自分たちが働く番なのである。 「どうやら、日本に帰る前に一仕事こなさなきゃいけないみたいだぜ」 「ミライくんたちに会う前に、勘をとりもどしておきますか」 ジョージとマリナは、GUYS隊員としての目に戻ると、己の使命を果たすために立ち上がった。 客室内は、いっこうに事態の説明をしない乗務員側に対して、乗客のいらだちが 限界に達しようとしていたが、二人はそんな人々を掻き分けて、必死で乗客を 抑えているスチュワーデスの前に出た。 「お客様、どうか座席にお戻りください!」 「私たちはCREW GUYSのものです。なにかご協力できることがあればと思うのですが」 マリナがGUYSライセンスの証明証を見せると、客室内が驚きと、同時に期待に 湧きかえった。もっとも、スチュワーデスさんは二人の見せたGUYSライセンス証以上に、 ジョージが世界的に有名なスター選手だと気づいて、どうやら熱烈なサッカー好きのようで うれしさのあまり失神しかけたが、なんとか落ち着かせて操縦席に案内してもらった。 「GUYSの方ですか、助かりました。今の状況は我々の範疇を超えています」 機長は、プレッシャーに押しつぶされそうだったところで責任から解放されて、 事態を彼らに説明した。ともかく無線だけはなぜかつながるが、ほかの計器が まるで役に立たない。 ジョージとマリナも、思いつく限りのことは試してみたが、すべて無駄だと わかると、すぐさま管制塔に向けて無線を送った。 「101便より、トウキョウコントロール、当機は異常な空間に飲み込まれている もよう、ただちにGUYS JAPANを出動を要請してください」 これを受けて、それまで対応に右往左往するばかりであった空港側も ようやく明確な行動方針を見つけることができ、連絡を受けたGUYS JAPANは ただちにフェニックスネストより、先陣としてミライをガンウィンガーで東京空港に派遣した。 「こちらミライ、今東京国際空港に到着しました。テッペイさん、何かわかりましたか?」 滑走路を封鎖した空港にガンウィンガーを着陸させ、ミライは管制塔でフェニックスネストに 連絡をとっていた。 「ああ、アウトオブドキュメント、ずいぶん古い記録だけど、これと似た事件が過去に 報告されています。おそらく101便、ジョージさんたちの乗った飛行機はその空港の すぐそばにいると思われます」 「そば、ですか? でも、ガンウィンガーのレーダーにもそれらしい影は捉えられて いませんが」 「それがね、一九六六年に同じように旅客機が空港のすぐそばで行方不明になり、 通信だけができるという事件があったんだ。そのとき、その旅客機は次元断層とでも いうべき、異次元空間にはまりこんでいたらしい」 「異次元空間に!? ということはヤプールの陰謀ですか?」 「それはまだわからない。異次元空間を利用するのはヤプールだけではないからね、 今こっちでもGUYSスペーシーに協力してもらって調べてる。もう少し待って」 「G・I・G」 今フェニックスネストではテッペイやコノミが、新人オペレーターに指示しながら、 この事件の詳細を調べているのだろう。ならば、まかせて待つのが一番確実だ。 ミライは、フェニックスネストとの通信を一時切ると、ぐるりと管制塔の窓から 空港を見渡した。 「兄さんも、この景色を見ていたのかな」 この管制塔というのは空港全体が見渡せて、とても眺めがよかった。 メビウスが地球に来る二十年前、ウルトラマン、セブン、ジャック、エースの ウルトラ四兄弟はヤプールが作り出した究極超獣Uキラーザウルスを、変身能力を 失うほどの封印技『ファイナル・クロスシールド』で封印した後、地球で人間の姿で 生活していて、そのときにウルトラマンは旧科学特捜隊のハヤタ隊員の姿で 神戸空港の管制官として働いていたという。ミライは敬愛する兄と同じ風景を 見ているかと思うと、胸が熱くなるような気持ちだった。 それから数十分ほど経ってから、再びフェニックスネストからテッペイの連絡が はいってきた。 「お待たせミライくん、ジョージさんたちの居所がわかったよ!」 ミライのGUYSメモリーディスプレイに、GUYSスペーシーの衛星が撮影した、 空港周辺の気象図が送られてきて、その一つの雲に赤い×印がしてあった。 「ここですか?」 「ああ、レーダーに映らないというところがポイントなんだ。衛星写真では、 その雲ははっきり映ってるけど、地上のレーダーからはその雲だけが映って いないんだよ」 なるほど、と、ミライはテッペイの情報分析力にあらためて信頼を強くした。 まさに逆転の発想、常識を超えた怪事件に対応するには柔軟な思考が必要と されるのだ。 そのとき、管制塔にタイミングよく101便からの連絡が入ってきた。 「こちら101便、ディスイズトウキョウコントロール、オーバー?」 「こちら東京空港、ジョージさんマリナさん大丈夫ですか?」 「その声は、ミライか!? 久しぶりだなアミーゴ!」 「ミライくん、さっそく来てくれたのね。リュウもなかなか粋なはからいするわねえ、 元気だった?」 「はい、おかげさまで。そちらは大丈夫ですか?」 「ああ、今のところ乗客も落ち着いて、機体も平常飛行を続けているが、相変わらず どこを飛んでいるのかはわからん」 やはり、101便は異次元空間の中をさまよっているのだと思ったミライは、 すぐさまテッペイが対策を打ってくれていることを知らせて、続いて通信を フェニックスネストにもつなげた。 「ジョージさん、マリナさん、お久しぶりです。お二人がその機に乗っていたのが、 不幸中の幸いでした」 「俺たちには不幸以外の何者でもないけどな」 「まあそう言わないで、時間がないんですから、101便の燃料はあとどれくらい 持ちますか?」 そうだ、時間は限られている。いまのところは飛行を続けられているが、 航空機の燃料はいずれ尽きる。異次元空間の中で墜落してしまったら、 どうなるかはまったくわからない。 「巡航飛行を続けてるから、あと二時間は持つはずだが、正直余裕があるとは いえねえな」 二時間、その間に救出しなければ101便は永遠に異次元空間をさまよってしまう。 「了解しました。こうなったら、ガンフェニックスで突入して、異次元空間の外まで 101便を誘導するしかありません!」 「おい待て! そりゃ危険だ。下手すりゃ二重遭難になるぞ」 「そうよ、ここでGUYS全滅なんてなったらどうするの」 「お二人をはじめとする、二百余名の人命を犠牲にするわけにはいきません。 それに異次元空間への突入は、ウルトラゾーン以来二度目ですから、 こちらの世界へ誘導するビーコンを用意しておきます」 ウルトラゾーンと聞いて、ミライの表情が引き締まった。メビウスが地球に来る 直前、メビウスは太陽系内に突発的に開く異次元の落とし穴であるウルトラゾーンに 引きずり込まれていく宇宙船アランダス号を救い損ねて、乗組員バン・ヒロトを 犠牲にしてしまったことがあり、二度と悲劇を繰り返しはしまいと決心していたのだ。 そして、異次元空間へ突入し、101便を救出する作戦はリュウ隊長に 承認され、ガンローダーにテッペイ、ガンブースターにリュウ自らが搭乗した。 コノミはフェニックスネストに残り、こちらの世界からガンフェニックスを ナビゲートする。カナタやほかの新人隊員は作戦参加を申し出たが、 万一リュウたちまで帰れなくなった場合は、彼らが後を継がねばならず、 ここは先輩のお手並みを見学しておけということで、残留してサポートする こととなった。 残る時間は一時間五〇分、ただちに作戦は開始された。 「GUYS、Sally GO!」 「G・I・G!」 全隊員の復唱がこだまし、新旧共同のGUYSは出撃した。 だが、この時空間の歪みが、誰にとっても予測を超えた一大事の引き金となるとは、 このときはさすがに想像できている者はいずれの次元にも存在しなかった。 同時刻、ロンディニウム南方三〇リーグの上空で、突然シルフィードごと雲の中に 吸い込まれてしまったルイズたち一行は、気がついたら白一面の世界にいた。 「こりゃあ……なんの冗談なのかしら」 見渡す限り白、白、白……空は真っ白い雲に覆われて、足元はドライアイスのような 白い煙が漂っていて、足首より下がわからない。まるで雲の中のようだが、 足をついて立てる以上、雲の中ではないだろう。ともかく、天地創造の神とかいう 存在がいるとしたら、そいつの財布は絵の具一つ買うコインもないのではないかと 思うくらいに色彩的特長のない世界だったので、誰もがすぐには状況を把握できなかった。 「俺たち、ロンディニウムとかいう街に向かってて……そうだ、雲の中に吸い込まれ ちまったんだ!」 思い出してはっとすると、おのおのは顔を見合わせた。 ルイズが懐からぜんまい式の懐中時計を取り出して見ると、すでに短針は 元の位置から一二〇度も回転していた。 「四時間も経ってる!」 「なんてことだ! 貴重な時間をこんなことで!」 そこでシルフィードの背中に乗っていたミシェルが、硬いつもりでシルフィードの背中を 思い切り殴ってしまったものだから、びっくりしたシルフィードは彼女を振り落としてしまった。 「わあああっ!」 「危ない!」 急いで駆け寄った才人が危機一髪で受け止めたが、思いもよらずにお姫様だっこを されてしまったミシェルがほおを赤らめ、一瞬で機嫌を桜島火山のようにしたルイズが 蹴りを入れるというコントが発生したが、そんなことはともかく、これはいったいなんなんだろうか。 「ア、アルビオンに、こーいうことは、ないのか?」 お姫様だっこをしているせいで、蹴たくられて痛む股間を押さえることもできずに、 涙目で才人は尋ねた。大陸が空を飛ぶくらいだから、雲の中にはいることが できるんじゃないかと思ったのだが、「そんなおとぎ話みたいなことがあるわけ ないじゃない!」とルイズと怒鳴られた。どうやらハルケギニアはファンタジーと 思っていたが、限度というものはあるようだ。 それなのに、異常事態より先にルイズの関心は別にあるようだ。 「サイト、あんたいつまで抱きかかえてるのよ! さっさと下ろしなさい」 「おいおい、けが人に無茶言うなよ」 「うるさい! だいたいミシェル! あんたけが人だと思って黙って見てたら、 人の使い魔に好き放題ちょっかい出して、ちょっと調子に乗ってんじゃないの! 天下の銃士隊員ともあろうものが、でれでれ媚びちゃって情けない限りねえ」 ルイズの横暴がまた始まったと、才人は内心で嘆息した。腹部貫通刺傷に、 打撲、骨折複数箇所という負傷が二、三日で治るとでも思っているのか、 もし自分ならば、一週間はベッドの上で寝たきりのはずだ。 しかし、ルイズはここで眠れる獅子の尾を踏んでいた。 「言ってくれるじゃないか、貴族の小娘と思って呼び捨てくらいは大目に見ようと 思ったが、銃士隊への侮辱は許さんぞ」 「え? ミ、ミシェルさん?」 「サイト、お前の主人の言うとおりだ、銃士隊副長ともあろうものが、こんな傷 くらいでへばっている場合ではなかった、下ろせ」 「で、ですけど……」 「下ろせ」 据わった声で命令されて才人は気づいた。ミシェルの眼光が、初めて会ったときの ように、弱いものならそれだけで刺し殺せそうな冷たく鋭い光を放っている。 ルイズの挑発で、ミシェルの中に眠っていたプライドの炎が呼び覚まされていた。 逆らいきれず、才人ができるだけそおっとと気遣いながらも、足からゆっくりと 地面、とおぼしきところに下ろしていくと、ミシェルは驚いたことに、ひざに手を 置きながらも自力で立ち上がっていった。 「どうだ……これでも、まだ情けないなどと言うか」 だが、歯を食いしばり、額に油汗を浮かべており、相当の苦痛に耐えている ということはすぐにわかった。それでも、その苦痛をねじ伏せてでも立っている という気迫がルイズを圧倒した。 「な、なかなかやるじゃないの」 「ふん、あ、当たり前だ、お前たちとは、鍛え方が違う」 やせ我慢も、ここまでくれば見事といえた。そういえばうっかり忘れていたが、 あのアニエスと肩を並べて戦えるということは、単に腕がいいだけではまず無理で、 同格の精神的なタフさ、いわゆる負けん気の強さがないと、弱い者は徹底的に いびるあの人の下ではやっていけまい。実際、ツルク星人と対戦したときに いっしょに特訓したときも、あれが二日、三日と続いていたら才人は倒れていただろう。 だが、肉体を精神力でねじ伏せて動かすにも限度があった。 「う、ああ……」 「危ない!……っとに、無茶するから」 血の気を失って倒れ掛かったミシェルを才人が危うく抱きとめた。今度はルイズも 文句は言わないが、あとが怖いのでシルフィードの背中に乗せなおしてあげた。 「まったく、無理をするからよ」 「誰かさんにそっくりだけどね」 ぼやいたルイズにキュルケがツッコんで、ルイズはわたしはもっとものわかりが いいわよと、むきになって反論したが、それこそキュルケの言うとおりだった。 「負けず嫌いはどっちもどっちだろうに」 「そういうあなたも、人のことは言えない」 意外にもタバサにツッコまれて才人はびっくりした様子だったが、考えてみれば この中に負けず嫌いという標語が当てはまらない人間はいなかった。しょせんは、 体だけは大きい子供の集まりということか。 はてさて、こんな欲しいもののためなら譲り合う気ゼロの彼女たちのうち、 最後に景品を手に入れるのはどっちなのか? とてもじゃないが、引っ張り 合わせて子供が痛がったから、手を離したほうが母親と認められた大岡裁きは 期待できそうもない。 そんでもって景品のほうも、両手を引っ張り過ぎられてちぎれる前に、 どちらかを選べるのか? もっともこの場合、選ぶほうは心を決められても、 選ばれたほうが素直に受け止められるのかどうかについても問題があった。 まったくもって、いい意味でも悪い意味でも負けず嫌いすぎる若者男女は、 ゴールがどうなるかの予測をまったくさせず、複雑に心を絡み合わせたままで、 とりあえずここがどこなのかを確かめるために歩き始めた。 だが歩き出すと、意外にも足元にはじゃりじゃりと、川原で砂利を踏みしめている ような感触があった。となると、やはり雲の中ではないだろうと、才人は足元の もやの中に手を突っ込んで、それを掴みあげてみた。 「なんだ、ただのガラス玉か」 それは子供の拳くらいの透き通った玉砂利であった。でっかいおはじきとでも いえば適当であろうが、才人は興味をもたずに、それを一つずつ遠くへと 投げ捨てていった。 「ちょっとサイト、危ないでしょ」 目の前で石投げをされて、危なっかしく感じたルイズが文句を言うと、才人は 玉砂利をお手玉のように手の中で弄びながら笑った。 「いいじゃん、別に誰かに当たるわけじゃなし」 「そりゃそうだけど……サイト! ちょっとそれ貸しなさい!!」 突然目の色を変えたルイズは才人からその玉砂利を奪い取って、まじまじと見つめた。 「どうしたんだ、たかがガラス球に目の色変えて?」 「バカ言いなさいよ……あんた、これガラス球なんかじゃない。ダイヤモンドよ!」 「なっ、なんだってえぇ!!」 不満げな顔をしていた才人はおろか、キュルケやミシェルまでもが目の色を 変えてルイズの手の中の玉砂利を見つめ、次いで足元から自分もダイヤの 玉砂利を拾い上げた。 「ほんとだ……これは、みんなダイヤの原石よ」 「信じらんない、どれも五サントはあるわよ、これを磨き上げたらいったい何千エキューに なることか……」 名門の出で、宝石など見慣れているはずのルイズやキュルケでも、こんな 馬鹿でかいダイヤモンドは見たことがなかった。 唯一タバサだけが興味なさげに、その一個あるだけで大富豪になれる 石ころを見ているが、ここに元盗賊のロングビルがいたら気を失ったかもしれない。 しかも、足元にはそれらがごまんと転がっているではないか。もっとも、母親の 結婚指輪についていたちっぽけな宝石しか見たことのない才人は、ダイヤモンドが 高価なのはわかるが、価値が高すぎて実感がわかないらしく、焦点が外れた 視線でそれを見ていた。 「すげえな、これだけダイヤがあったらファイヤーミラーも作り放題だぜ」 などとのん気なことを言っているが、本当は天然ダイヤモンドでは ファイヤーミラーは作れず、むしろ元祖宇宙大怪獣が喜びそうな光景なのだが、 やがて二、三個を拾い上げると、ロングビルさんへのお土産にするかと ポケットの空きに詰め込んだ。 「まあ、適当に叩き売っても、子供たちの養育費の足しにくらいにはなるか」 「バカ! あっという間にハルケギニア一の大金持ちになれるわよ! ったく、これだから平民は」 「はぁ……そう言われてもな、俺ゃそんなに金があったって、別に使い道がないし」 ルイズやキュルケは、一国一城の主も夢ではない話に興味も持たない 才人に呆れたが、才人の美点は分を超えた物欲や金欲を持たないことだろう、 野心がないともとれるが、それで大成するのはほんのわずかで、大抵は 強欲な物欲の権化と成り果てる。 「ここはまさか、伝説の黄金郷かしら」 「だとしても、帰れない黄金郷なんか刑務所以下だろ、出口を探そうぜ」 才人は自分が、岩の穴の中の種を食べたくて手を突っ込んだら 握りすぎて抜けなくなった間抜けなサルにはなりたくなく、歩き出した。 「ちょ、ちょっと待ちなさいよ……ええい!」 腹立たしくなったルイズたちは、やけくそでダイヤモンドを投げ捨てると、 才人の後を追った。 そんな才人を、タバサはシルフィードをのしのしと歩かせてついて いきながら見つめて思った。 「欲のない人……」 ほとんどの人間は、貴族も平民も問わずにわずかな金銭のために血道を 上げるというのに、珍しい人間だと、タバサはなんとなく、ルイズたちが彼から 離れない理由の一端が、自分にもわかったような気がして、考えてみれば 自分も彼が来て以来、関係ないことに首を突っ込んだり、自分のことに他人を 入れる割合が増えたなと、心の中だけで苦笑した。 そうして、彼らは世界一高価な砂利道の上を、出口を求めて歩き始めた。 とはいっても、女子というものはこんなときでも静かにはしていられないものらしく、 すぐにルイズとキュルケがおしゃべりを始めた。 「にしても、このダイヤモンドの山、あの成り上がりのクルデンホルフの小娘に 見せたら卒倒するんじゃないかしら」 「それよりも、貧乏貴族のギーシュやモンモランシーあたりなら、プライド放り出して ポケットに詰め込むかもよ。そういえば、ベアトリスだっけ、あの子も来年には 学院に来るのよね。元気でやってるかしら」 思い返せば、あの怪獣大舞踏会からもうずいぶん経っていた。 しかしこうして、白一色の世界にいると、誰もがカンバスの主役を勤めるに ふさわしい、美しき個性の持ち主であると才人は思った。髪の色一つをとっても、 ルイズのピンクブロンド、キュルケの燃えるような赤髪、タバサの青空のような 青色に、ミシェルのタバサよりやや濃い青色は、今では大海のようにも見え、 典型的日本人で黒一色の自分などとは大違いだった。 けれど、そうしていても単色すぎる世界は距離感も狂わせるらしく、たいして 歩いてないはずなのに、頭がぼんやりしてきた。これなら茶色と青に分かれて いる分砂漠のほうがいくぶんかましだろう。 変化が現れたのは、いよいよ頭の中がミルクセーキになりかけて、ルイズの 激発五秒前というときだった、突如白一色の中に黒いなにかが入ってきたのだ。 「行ってみよう!」 才人が全員を代表して叫ぶと、薄ぼんやりと見えるそれへ向かって走り出した。 この際、白から解放してくれるのならば、黒きGでもなんでもいいという心境 だったのだが、目の前に寄ってみると、それは想像だにしなかった形の鉄の塊だった。 「なに? この妙な鉄の造形物は?」 「翼がついてるけど、こんな形じゃ飛べそうもないわね。けどこの銀色は、 鉄でも銀でもなさそうだけど、いったいなにでできているのかしら」 「……」 ルイズやキュルケにはそれがなんであるのは理解できなかったが、才人は 心臓を高鳴らせて、その銀翼の戦鳥を見つめていた。 とにかく、目の前にあるのが信じられない。極限まで無駄なく絞り込んだ 機体に、カミソリのように生えた二枚の主翼と、そこに開いた二〇ミリ機関砲の砲口、 見上げれば、雨粒のような涙滴型風防の前に、一〇〇〇馬力級エンジンとしては 最高峰の傑作とうたわれる栄エンジンが、三枚のプロペラを擁して鎮座している。 まぎれもなく、かつて無敵の名を欲しいままにし、世界最大最強として知られる 超弩級戦艦大和と並んで日本海軍の象徴として、数々の戦争映画で主役を務める 日本人ならその名を知らぬ者のいない、第二次世界大戦時の日本の代表機。 「ゼロ戦だ!」 正式名称、三菱零式艦上戦闘機が、そこに主脚を下ろして静かに鎮座していた。 「サイト、これもあんたの世界のものなの?」 「ああ、タルブ村にあったガンクルセイダーを覚えているだろ。あれの遠いご先祖さ」 才人は小さいころ、手をセメダインだらけにしながら作ったプラモデルの記憶に 興奮しながら、ゼロ戦の主翼に触れてガンダールヴの力でこれの情報を読み取った。 機体色は銀色で、やはり初期型の21型であり、最高速度、上昇限度などの 情報がこと細かに流れ込んでくるが、そんなことなどどうでもいいくらいに才人は喜んだ。 「すげえ、こいつはまだ生きてる」 なんと、ゼロ戦はほぼ完璧な形でそこにあった。燃料も半分以上あり、機銃弾も 七割近く残存している。まるで航空博物館にあるような完全な代物だったが、 主翼によじ登って、コクピットの中を覗き込むと、才人は調子よく喜んでいた 自分に罪悪感を覚えた。 「うう……」 「うわ……骸骨」 そこには、パイロットが前のめりになって計器に顔をうずめる形で白骨化している 痛々しい姿があった。よく見れば、コクピットの後ろの胴体に小さな穴が開いている。 おそらくはそこから敵機の弾丸が貫通して彼に致命傷を与えたのだろう。 「多分、敵機に追い詰められたところでこの空間に迷い込んで、最後の力で 不時着したんだろうな」 死に直面しながらも、愛機を無駄死にさせたくなかったのか、そんな状況で こんな場所に見事に着陸させた腕前はさすがとしかいいようがない。また、 そんな熟練したパイロットを追い詰めた、彼の相手もおそらくは相当なエースであろう、 ゼロ戦の形式と機銃弾の口径から考えれば、イギリスのスピットファイアあたりかもしれない。 才人は、六十年以上前に、故郷を遠く離れた空で命をかけて死んでいった 祖先たちに向けて、無意識に手を合わせて冥福を祈っていた。 そうして十秒ほど、うろ覚えの般若信教を唱えながら祈ったくらいだろうか、 周りに目を凝らして警戒していたミシェルが、白いもやが薄らいだ先にあるものを 見つけて呼んできた。 「おい、向こうにも、あっちにも見えるの、あれもそうじゃないか?」 「なんだって?」 言われて目を凝らしてみると、ゼロ戦と同じように無数の航空機の残骸が あちらこちらに散乱している。 「月光、雷電、九七式戦闘機……みんな戦争中の飛行機ばっかりじゃないか」 それらは、このゼロ戦とは違って着陸に失敗したようで、前のめりに突っ込んで いたり脚を折ったりしていて、とても使い物になりそうもないが、その特徴的な シルエットは、小さいころにゼロ戦やタイガー戦車などのプラモデルを多く作って ミリタリーにも造詣のある才人には簡単にわかった。 もちろん、それだけある機体がすべて日本機ということはなかった。 「アメリカのグラマンF4FにF6F、ライトニングにムスタング、イギリスのハリケーンに スピットファイア、ドイツのメッサーやフォッケまでありやがる」 世界中の名だたる戦闘機が、ずらずらと並んでいて目移りしてしまう。赤い星などの マークがついたソビエトや中国などの機体はさすがにわからないが、この光景を マニアが見たら狂喜乱舞するだろう。 また、目が慣れてくるとさらに遠方にある機体も把握できるようになり、戦闘機 以外の飛行機も見えてきて、それらの方向へと順に歩き出した。 「一式陸攻、モスキート、B-17……」 濃緑色やむきだしのジュラルミンに身を包んだ爆撃機が、半分近く残骸と 化しながら横たわっている中を、才人たちはいまや墓標となったそれらに 敬意をはらいながら進んでいく。 だが、最後にひときわ大きい機体を中央部からくの字に折り、尾翼を 十字架のように立たせてつぶれている飛行機のそばだけは、そのまま 立ち去ることはできなかった。 「……」 「サイト、どうしたの?」 ルイズの問いかけにも才人は答えずに、目の前の飛行機の残骸を睨み続けている。 それは、他の飛行機と比べても圧倒的に大きく、主翼についている計四つの 巨大なエンジンや、機体の各部の大砲のような銃座などを見ても、並々ならぬ 技術で作られたことが一目でわかった。 「サイト? ねえサイトったら」 「……」 答えずに、才人はなおも眼前の機体を睨み続ける。損傷が激しいが、のっぺりとした 機首やうちわのように大きな垂直尾翼といった特徴までは失われていない。 間違いはない。それは小学校の平和授業から、毎年夏になると放送される 戦争特番で嫌と言うほど見せられ、才人だけでなく、日本人に畏怖と憎悪の 感情を向けられる、史上もっとも多くの人間を殺した爆撃機。 「B-29、スーパーフォートレス」 広島、長崎の惨劇の立役者にして、アルビオンの内戦などは比較にならない 悲劇を残した第二次世界大戦の、戦争の愚かしさの象徴ともいうべき、 空の要塞がそこにいた。 そして、それで完全に彼は記憶を呼び戻した。 「そういえば小さいころ、ゼロ戦があるんだったら一度来てみたいと思ったっけな、 この四次元空間には」 テッペイがアウトオブドキュメントから解析したデータと同じく、才人もここが 時空間に落とし穴のように開いた四次元空間だと気づいた。 落ちている航空機も、同じようにこの空間に引っかかってしまったのだろう。 二次大戦時の航空機ばかりなのは、何百何千と数がいて、引っかかる 確率も高かったからだろうが、よく見たらセイバーやファントムなど、戦後の 航空機もわずかに入っている。 「しかしまさか、ハルケギニアにも入り口があるとは思わなかったな」 探せばもしかしたら、ハルケギニアから迷い込んだ竜騎士やヒポグリフなどの 死骸も転がっているかもしれない。だが、そういうことならば、もう一つ嫌な ことが彼の脳裏に蘇ってきた。 「ここが、その四次元空間だとしたら……」 しかし、彼がその予感の内容を言い終わる前に、霧の向こうからくぐもった、 まるで霧笛のような大きな遠吠えが聞こえてきたのだ! 「やっぱりか」 彼はどうしてこう、悪いときに悪いことばかりが重なるんだと、ルイズに召喚 されて以来の自分の苦労人体質を呪いながら、ガッツブラスターを取り出して 安全装置を解除した。 そして十秒と経たずに、彼の予感は的中した。 「巨大なセイウチの化け物ね」 「サイト、ルイズ、ほんとにあんたたちといると、人生退屈しないわ」 ルイズやキュルケが、もう驚くことも慣れてしまったというふうに、達観した 様子でつぶやいたのに、タバサやミシェルも全面的に同意した。 唯一、シルフィードだけが焦った様子で、目の前にいて、巨大な牙を 振りかざして地面をはいずって向かってくる怪獣を、きゅいきゅいと 鳴きながら威嚇しているみたいだったが、はっきり全然怖くない。 「四次元怪獣トドラか……さて、どう見てもセイウチなのに、トドラとは これいかに……」 どうでもいいことをつぶやきながら、才人は自分たちをエサにしようと しているのかは知らないが、まるで何かに追い立てられているように 吠え立てながら向かってくるトドラに銃口を向けた。 そして、才人たちが異次元空間で足止めを食らっているうちに、状況は彼らの 焦りどうりにどんどん悪化していっていた。 ロンディニウムでは、アルビオン空軍艦隊の旗艦、大型戦艦レキシントン号を はじめとする六〇隻の空中艦隊が、残存戦力のすべてを乗船させての最終決戦を 挑むべく、出撃を命じられていた。 「諸君! 決戦である。一戦してウェールズの首をとれば、王党派の命運は尽き、 我らはこの地を支配できる。私が先陣を切る。我に続く勇者はいるか」 「おおう!」 「決戦だ! 決戦である!」 クロムウェルが檄を飛ばすと、生き残っていたレコン・キスタの貴族たちは、 彼の示した起死回生の可能性に一縷の望みをかけて、一斉に狂乱の叫びをあげた。 元より、反逆者である彼らはこの後王党派との戦いでからくも生き残っても 処刑は確実で、降伏すれば命は助かるかもしれないが、財産領地没収となれば 貴族に生きていく術はなく、こじきや傭兵に落ちるしかなくなる。 だが、そうして冷静な判断力を失っているからこそ、クロムウェルには彼らを 利用する価値があった。 「すでに、我らの秘密鉱山から運ばれた風石の充填は完了した。さあ、ゆこう 忠勇なる戦士たちよ。歴史に我らの名を残そうではないか!」 いまだ革命に幻想を見る貴族たちを乗せて、アルビオン艦隊は出撃していく。 やがてレキシントン号の司令官室で、クロムウェルは渋い顔をしている シェフィールドに叱責されながら、作戦の最終段階を詰めていた。 「いいこと、これがお前に与える最後の機会よ。これまでの失敗を帳消しにして、 生き残りたいのなら、なんとしても勝利なさい」 「ははあっ! この身命にかけましても、なんとしても勝利をささげまする。 ですが、あのお方は本当に動いてくださるのでしょうか? わたくしは 不安でなりませぬ」 「余計な心配をするでないわ、約束どおり、あのお方はこちらに注意を 向けているトリステインを後方から攻撃する算段をつけていらっしゃる。 あとは、お前が王党派を撃破しさえすれば、この国はお前のもの、 わかったら全力をつくしなさい」 本当は、シェフィールドの主であるジョゼフはすでにレコン・キスタを 切り捨てようとしているのだが、彼女はそれを気取られないように 演技して見せていた。 もっとも、クロムウェルにとっても、すでにシェフィールドの思惑などは どうでもいいものになっていた。せいぜいが、こちらの作戦の最終段階に 合わせて軍を動かし、混乱を広げてくれたらもうけもの、どのみちガリアなど いずれ超獣の軍団で蹂躙してくれると、内心ではせせら笑っていた。 続く 前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2189.html
魔法学院の朝は静寂に包まれている。 食事の準備のため、厨房で働く平民が水を汲む音。 夜の警備を担当していた衛兵が、詰め所に戻って交替するなど、朝の物音などせいぜいその程度だった。 シエスタの朝は早い、魔法学院としてメイドで働いていた彼女は、朝食の準備が始まる前に一度目を覚ます。 早起きして体をほぐすと、日課となっている波紋の鍛錬をしたり、系統魔法の勉強などをする。 時々、二度寝をして布団の中でまどろみに包まれ、幸せを堪能している事もあるが、おおむね彼女は勤勉で働き者の「生徒」だった。 この日も、シエスタの朝は早い。 彼女は、ベッドの上に座り、朝日にに照らされながら、ボロボロの日記帳を読んでいる。 その日記は彼女の曾祖父、ササキタケオの残した日記だった。 シエスタは、曾祖母の血を最も濃く受け継いでいる。 曾祖母であるリサリサはハルケギニアの系統魔法とは違う、独自の技術、すなわち「波紋」の継承者だった。 オールド・オスマンは、吸血鬼に襲われた時、リサリサの波紋に助けられた、その時見た波紋の輝きはオスマンの脳裏に鮮明に焼き付いている。 命を助けられたオスマンは、東方から歩いてやって来たというリサリサと情報を交換し、互いの立場を明らかにした。 驚くべき事に、リサリサはハルケギニアでも東方でもない、まったく別の世界からやって来たのだと言う。 オスマンは、自身の立場を使ってリサリサの立場を保証する代わりに、「波紋」の技術を教授された。 そして一年後……タルブ村に、大きな鉄の塊で降り立った男性が居ると、風の噂を耳にした。 その男性はササキタケオといい、ニッポンという国の出身だと言う。 リサリサと同じ世界の出身だということは分かったが……リサリサと、ササキタケオの間には、十年以上の時間のずれがあったらしい。 元の世界に変える手がかりを掴むため、二人は情報を交換し合い、行動を共にするようになり……そしていつしか、二人は共に暮らすようになっていた。 同じ世界の出身だから二人は惹かれたのだろうか? シエスタは日記を読みながら、曾祖父と曾祖母の二人が、どんな生活をしていたのか想像した。 曾祖母は人前では厳しい態度を崩さず、ハルケギニアの貴族に引けを取らないどころか、それを凌駕するような凛とした迫力を持っていた。 しかし曾祖父は、リサリサの時折見せる笑顔がとても可憐であったと日記に書き残している。 一方、リサリサもまんざらではなかったようで、時折曾祖父の仕事を手伝ったり、互いの故郷の話をしあい、笑いあい…… とにかく、二人は両思いだったらしい。 日記を読み進めていくと、何度もめくられ、縁はボロボロになり、水に濡れた跡が残るページがあった。 それは、リサリサが妊娠したと分かったときのページ。 リサリサは、波紋の影響か、五十代半ばを過ぎても二十代前半の若さを保っていた。 そのことを告白した時、曾祖父は『それでも貴方が欲しい』と言ったらしい。 そして二人は結ばれ、リサリサは妊娠し、10ヶ月後待望の赤子を授かった。 それからは幸せな生活だったのだろう、日記には赤ちゃんのこと、タルブ村で育てた葡萄畑のこと、他の村民との交流などが書かれている。 ……だが、子供が生まれて一年も経たないうちに、リサリサの姿は消えてしまった。 それは突然だった、曾祖父とリサリサが、子供をタルブ草原で遊ばせていた時、大人がすっぽりと収まるほどの、大きな楕円形の鏡が現れた。 子供の間近に現れたそれを見て、リサリサは血相を変え、呟いた。 『ヴェネツィア…!』 狼狽えるリサリサの目の前で、子供がその鏡に手を出そうとした、いや、既に手を差し込んでいたかもしれない。 リサリサは慌てて子供に駈け寄り、鏡から引き離したが……まるで子供の身代わりになるように、リサリサの体は鏡へと吸い込まれ始めた。 曾祖父がリサリサの手を掴み、鏡から引っ張り出そうとするが、リサリサの体は鏡へと吸い込まれるばかりだった。 一分も経たぬうちにリサリサの体は首まで吸い込まれ、鏡もその大きさを半分以下にまで縮めていた。 最後の最後で、リサリサは、絞り出すような声で、必死の思いを乗せて叫んだ。 『私は、私の本当の名前は………』 「エリザベス・ジョースターか…」 ぱたん、と本を閉じる。 シエスタはそのまま本を枕元に置くと、窓から外を見た。 早朝の日差しは、澄んだ空気と相まって鋭さを感じさせていたが、朝食が近くなる頃には鋭さは影を潜めている、柔らかい印象を与えているとも言えよう。 シエスタは両腕を上に上げて背伸びをすると、制服へと着替えて部屋を出た。 ドアノブをひねると、ガチャリと音が立つ。 内向きに開く扉を引くと、扉の前に立っていた誰かがハッと息を呑むのが分かった。 「…キュルケさん?」 そこに居たのは、ラグドリアン湖で分かれた、キュルケだった。 「はぁい、シエスタ、元気だった?」 そう言ってキュルケは、ほんの少しだけ気まずそうに笑う。 自分の頬に右手を添えて、何かを誤魔化すように微笑んでいる。 シエスタはキュルケの仕草から、気まずそうな雰囲気を感じ取ると、どうぞと言って部屋へとキュルケを促した。 「キュルケさんは、いつ魔法学院に戻られたんですか?」 「昨日の夜よ。シエスタは?」 「私は一昨日でした」 屈託のない笑顔で答えるシエスタ、それとは対照的に、キュルケの表情は沈んでいた。 「ごめんなさいね、まさかラグドリアン湖にいるとは思わなかったし」 「いえ、いいんですよ。それよりキュルケさんに怪我が無くてほっとしました」 椅子に座ったキュルケと、ベッドに座ったシエスタが向き合う。 キュルケはラグドリアン湖でシエスタ達…実際にはカリーヌ・デジレとだが…と敵対し、水の精霊を襲撃しようとしていたのだ。 「ホントはね。貴族同士なら…まあ、特にツェルプストー家とヴァリエール家は昔から敵対してたから、戦うのは当たり前なんだけど……その後のことよ」 「その後、ですか?」 シエスタが首を傾げて、ラグドリアン湖での出来事を思い出そうとする、脳裏に浮かぶのはカリーヌによって拘束されたキュルケ・タバサ・シルフィードの姿。 むしろ自分がキュルケ達に謝るべきなのか、と思ったところで、キュルケが口を開いた。 「貴方、水の精霊に、タバサの母のこと聞いたでしょ? タバサも私もね、あれがショックだったわ」 「え…ッ」 思いがけない言葉にシエスタが口ごもった。 「ああ、誤解しないで。感謝してるのよ、でも、タバサがそれで自分を責めちゃって…」 「タバサさんが?」 「そうよ、敵対していたはずの水の精霊、それと交渉してまで、母を直す手だてを探そうとする貴方を見て……タバサが落ち込んじゃって」 「どうしてタバサさんが落ち込むんですか、だって、タバサさんは命令されて仕方なく水の精霊を退治しようとしたんでしょう?」 「私もそう思ったんだけど。でも、自分を心配してくれる人と敵対した事実が、どうしても許せないみたい」 シエスタの顔が自然と上を向いた。 何を言って良いのか、一瞬では思いつかない、十秒、二十秒、三十秒と時間が流れていく。 一分を過ぎたところで、ふと、キュルケがこの部屋に来た理由を思いついた。 「……私が怒ってないか、確かめに来たんですか?」 「それだけじゃないわ、タバサに会ってあげて欲しいの。それで、よかったら、怒ってないって直接言ってあげてくれる?」 キュルケの台詞が終わるやいなや、シエスタはベッドから立ち上がった。 「タバサさんの部屋ってどこでしたっけ」 「行ってくれるの?」 「はい!」 大切な友達だから当然だ、と言わんばかりのシエスタを見て、キュルケの顔にも自然と微笑みが浮かんだ。 * タバサは、ベッドの中で小さく丸まっていた。 普段のタバサならば、任務を終えた次の日でも疲れを見せることなく起床し、朝食を取り、授業に参加するのだが、今日ばかりは気分がすぐれず、ベッドから起き出すのが後れてしまった。 シルフィードに乗ってキュルケと共に帰ってきたタバサは、キュルケの心配する声にも答えず、じっと黙っていた。 原因は自分でも理解している、ラグドリアン湖でシエスタは、母を蝕んでいる毒を取り除く方法を探そうと、水の精霊に問いかけていた。 ガリアの北花壇騎士として困難な任務を与えられていたタバサは、かつて父を祭り上げていた一派を暗殺するという、悪趣味な任務をこなしたこともあった。 その時は相手がどんな気持ちで自分と相対したのか、よく理解していなかった。 何年も任務をこなすにつれて、タバサはいつしか『シャルロット』を取り巻く環境がどのようなものか、目の当たりにすることになる。 タバサにとって、無能と呼ばれた叔父は、父を謀殺し、母の意識を奪った許し難き人。 それだけのこと、それだけのことだ。 復讐したいという気持ちはある、けれども今更、復讐をしたところで父は帰ってこない、だから権力闘争などに首を突っ込むつもりはない。 タバサの願いはただ母のため、せめて母の意識だけでも治したい、子供の頃のように、『タバサ』でなく『シャルロット』に笑顔を向けて欲しい、その一心で今まで戦い続けてきた。 王権など眼中に無い、ただ母のため。 母の笑顔のためにタバサは戦い続けてきた。 それなのに周囲は、『シャルロット』がジョゼフを打倒することを期待している。 シエスタは、タバサを『シャルロット』としては見ない。 ただ一人の友人として接してくれる。 母を治すために、自らの体に多大な負担をかける深仙脈疾走(ディーパス・オーバードライブ)を使い、一瞬だけでも母の意識を取り戻してくれた。 何年もの間人形を娘だと思いこんでいる母、実の娘であるタバサを見ても政敵の刺客にしか見えぬ母、そんな母が一瞬でも笑いかけてくれたのは、シエスタのおかげだと理解している。 そんなシエスタと『敵対』してしまった後味の悪さが、タバサをベッドに縛り付けていた。 * コンコン、と扉を叩く音が聞こえる。 タバサはその音に気づき、びくりと体を震わせた。 返事をせずにベッドの中で丸まっていると、再度ノックの音が響く。 「タバサさーん」 ノックの次に聞こえてきたのは、シエスタの声。 タバサはゆっくりとベッドから体を起こすと、深呼吸して、寝ぼけ眼のまま扉へと近づいていった。 ガチャリと音を立てて扉が開くと、目の前には自分を見下ろすシエスタの姿があった。 「あっ、おはようございますタバサさん」 「……」 屈託のない笑顔で挨拶されると、かえって言葉に困ってしまう。 先ほどまでタバサは、シエスタに嫌われたのではないかと思いこみ、悩んでいた。 それなのに、シエスタはいつもと変わらない様子を見せている。 「あの……お怪我とか、ありませんでしたか?」 「…………」 その上自分の怪我の心配までしている。 タバサは、思いもがけないシエスタの言葉に戸惑っていたが、何とか一言絞り出すことができた。 「ごめん、なさい」 シエスタは、きょとんとした目でタバサを見つめた。 「ごめんなさい」 タバサの瞳から涙が溢れたのを見て、シエスタはタバサの部屋へと足を踏み入れた。 後ろ手で扉を閉めると、シエスタはほんの少し腰を落として、タバサの両肩にそっと触れた。 「あの……謝るのは、私の方です。タバサさんに与えられた任務を、私達が邪魔しちゃったんですから」 シエスタの言葉に、タバサは困惑した。 謝るべきなのは自分だ、シエスタが謝る事なんて無い、そう言おうとしたが言葉にならない。 ただ、嗚咽だけが漏れてくる。 シエスタはそんなタバサの肩をぐいと引っ張り、抱きしめた。 年の離れた妹を世話するときとそう変わらない、少し強引で、誰よりも優しい抱擁でタバサを包み込んだ。 両腕に軽く力を込めてタバサを抱きしめつつ、シエスタは思った。 タバサはどれだけ我慢してきたのだろう、感情を押し殺して、どれだけの任務を果たしてきたのだろうか。 今まで思い切り泣くことも出来ず、我慢し続けてきたに違いない。 リサリサも、どんな事情があって『リサリサ』と名乗っていたのか分からない。 本名を隠す必要がどこかにあったのだろうか、もしかしたら東方にはジョースターという家があり、そこから出奔してきたのかもしれない。 しかし最後にはちゃんと名前を曾祖父に告げてくれていた。 タバサも、シャルロットという名前を隠して、魔法学院で過ごしている。 そこにはどんな苦難があったのだろう、肉体的な辛さもだが、精神的な辛さは、シエスタの想像を超えている。 シエスタは生まれついての貴族ではない、波紋が使えても魔法は使えない、けれども抱きしめることはできる。 シエスタはタバサが泣きやむまで、優しく、その小さな体を抱きしめていた。 * オールド・オスマンの机の上には、何十枚の紙をつなぎ合わせて作られた地図らしきものが散らばっている。 椅子ごと体を浮かせて窓際に移すと、太陽の光が徹夜明けの瞳に差し込み、思わず目を細める。 「朝日が眩しいとは…」 朝日が特に眩しく感じられるのは、体が疲労している証拠である。ふとそんな言葉が頭をよぎった。 「ミス・ロングビルがいれば多少は楽なんじゃがのう」 ミス・ロングビルは今、吸血鬼に関する情報と、アルビオンに関する情報を集めるため学院を離れている。 その原因になった一枚のメモが、地図上に描かれたアルビオンの脇に貼り付けられており、そこには殴り書きで『鉄仮面』『巨馬を操る騎士』とだけ書かれていた。 アルビオンのニューカッスル落城の際、ウェールズ皇太子を連れて脱出した騎士がいると、巷で囁かれていた。 五万の大軍を単騎で駆け抜けたという、剛の騎士。 オスマンがその話を出入りの商人から耳にしたとき、そんなものが存在するはずはない、果敢に戦ったニューカッスル城のメイジ達を称えるために、故意に歪められた噂話だろうと思っていた。 しかし、その騎士は、俗にタルブ戦と呼ばれる戦争において、トリステインに味方し戦ったという。 三枚、いや七枚の翼を持った異形の竜を従えて、最強と呼ばれたアルビオンの竜騎士隊を屠り、戦艦に突入し敵の戦列を混乱させ、アンリエッタ王女とウェールズ皇太子の同時詠唱までの時間を稼いだが…… その騎士は落下する戦艦の爆発に巻き込まれ、死んだと言われている。 どう考えても、メイジの戦い方とは思えない。 泥臭い、あまりにも力任せなその戦い方は、魔法を主体とする貴族ではとても考えられぬ戦い方だと思えた、むしろミノタウロスやサイクロプスなどの亜人種の戦い方に近いだろう。 リサリサの言う『石仮面によって吸血鬼になった存在』ならば、そのような活躍も可能なのではないか…… 確かめてみる価値はある、そう思ってオスマンは、ロングビルに『騎士』の調査を命じた。 ロングビルにとっても、アルビオンに住む親族の安否は気がかりだったので、この提案は渡りに船であった。 「うーむ…すこし休むかの」 オスマンはそう呟くと、大きく欠伸をした。 よいしょと声を上げて立ち上がると、杖を片手にぼそぼそと何かを呟く、すると机の上に置かれた地図やメモがひとりでに折りたたまれ、机の中に収納されていった。 机の引き出しに『ロック』をかけると、オスマンは椅子の背もたれを大きく後ろに倒し、そのまま目を閉じ、頭を休めようとしした。 折りたたまれた地図の上には、いくつものメモが貼り付けられている。 それらは吸血鬼、ミノタウロス、オーク鬼の群れなど、人間に害をなす存在の目撃情報や噂が書かれていたが、どれもオスマンが探している『石仮面による吸血鬼』とは異なっているように思えた。 しかし、ヴァリエール家からの依頼を終えて、魔法学院に戻ってきたシエスタは、一つの大きな手がかりを持ち帰ってきた。 トリスタニアの『魅惑の妖精亭』で回収されたブラシ。 そこには、染料で茶色く染められた髪の毛が数十本絡みついていたのだ。 シエスタがそのうち一本に波紋を流すと、髪の毛はジュウジュウと音を立てて溶け、霧散した。 オスマンはそれを見て血相を変えた、波紋を受けて溶解する髪の毛など、吸血鬼のものに他ならない。 『魅惑の妖精亭』の人間は、既に食屍鬼にされているのではないかと危惧するのは当然のこと、しかしシエスタは店員全員に声をかけ、波紋を流し、食屍鬼ではないと確かめたという。 オスマンは、学院長室から下へと降りる階段を踏みしめつつ、シエスタの言葉を思い出した。 『誰の血も吸わなかったんですね……よかった』 それは『魅惑の妖精亭』の人間が、食屍鬼にされなかったことへの安堵だろうか。 おそらく、違うだろう。 今回、ブラシに絡みついた髪の毛が発見されたことで、オスマンはルイズが吸血鬼であると確信を持つに至った。 その確信はオスマンに『危機感』を与えたが、シエスタには『安堵感』を与えていた。 シエスタはルイズに憧れを持っている、シエスタはルイズを尊敬している。 もし、シエスタがルイズを『無差別に人を襲わない誇り高い吸血鬼』だと認識したら、吸血鬼退治に支障をきたすことになるだろう。 その結果、吸血鬼の動きに遅れを取り、シエスタは殺され、食屍鬼の増殖を防ぐことができなくなる。 シエスタが、ルイズを殺すのを躊躇ったとしたら、それは人類にとって途方もない損失に繋がるだろう。 「吸血鬼が人を襲わなかったとしてもじゃ…吸血鬼の“血”をこの世界に存在させておくわけにはいかんのじゃよ……」 オスマンの呟きは、広い学院長室の中で、響くことなく消えていく。 使い魔のモートソグニルだけが、その言葉を聞いて、ちゅぅと鳴き声を上げた。 * ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドは、不機嫌そうに顔を歪めていた。 ウェストウッド村の孤児院、その裏手で一人、ふぅとため息をついては空を見上げ、ハァとため息をついては目の前に置かれた薪を割っていた。 「随分不機嫌だねえ」 「別に僕は機嫌を悪くしているわけじゃない」 「そうやって反論するのが子供っぽいのさ」 「……フン」 切り株の椅子に座り、薪を割っていたワルドに声をかけたのは、マチルダだった。 魔法学院の秘書として働く時と異なり、ポニーテールにしていた髪の毛を降ろし、土くれのフーケとして好んで着用していた藍鼠色の服を着ている。 マチルダは、ふて腐れているワルドの顔を覗き込むように腰をかがめた。 「そんなに置いて行かれたのが不満かい?」 「不満? 悔しいが、確かにそれもあるさ。だけど僕が心配しているのはそんなことじゃない」 「へぇ」 「僕は顔を知られている、僕を連れて首都に潜入するのには、些(いささ)かの不安がある。それは仕方ない。だからといってルイズ単独で潜入するのは……」 ワルドの愚痴は、とどのつまりルイズの身を案じているだけであった。 気を取り直して傍らに積み上げられた薪を手に取り、直径30サント、厚さ15サントほどの切り株の上に立てる。 義手になった左手のリハビリを兼ねて、ルイズが帰ってくるまでの間、ワルドは手作業で薪割りを続けていた。 「アタシはレコン・キスタとやらが心配だけどねえ。あの娘ならアルビオンだって転覆できるんじゃないの。仲間(食屍鬼)を作ればね」 マチルダがそう呟いた途端、ワルドは閃光の二つ名に恥じぬ神速の呼吸で手斧を振り下ろした。 スコン、と軽い音がして薪が真っ二つに割れる。 手斧を握りしめたまま、ワルドはマチルダを睨む。 「二度とそんなことを言うな。この薪のようになりたいのか?」 「……冗談よ。悪かったわ。軽率だったよ」 ワルドはフンと鼻で息をし、視線を薪に戻した。 「ずいぶんと素直に謝るんだな。拍子抜けだ」 「あら、アンタはアタシのことどんな女だと思ってたのさ」 「トリステインで君がしていたことを聞く限りでは、てっきり毒婦かと思ったが、毒婦と呼ぶには色気が足りないな」 「ハッ、マザコンにそんなこと言われるなんて、そりゃ光栄だね」 「優しいお姉さんじゃないか」 「……………」 マチルダは呆気にとられたのか、ワルドに視線を向けたままきょとんとしてしまった。 ワルドはそれに構わず、薪を取ってはそれを割っていく。 「なっ、何を言い出すのさ、何を」 「君は僕を“マザコン”だと言っただろう?光栄だね。だから分かるのさ。ミス・ティファニアはこの孤児院の母親だ。君はそのお姉さんと言った感じだな」 マチルダはハァーと長いため息をついた、ワルドの言葉に呆れたのか、張っていた肩をがくんと落としている。 「マザコンって言われて、光栄だとか言う奴は初めて見たよ、あんたの年でさ」 「何、僕はマザコンだけじゃないぞ、ファザコンでもある。なにせ父に理想を教わり、母に固執した僕は、結果として一度トリステインを裏切ったのだからな」 喋りながらも、ワルドは左手に持ち替えた手斧を振り下ろす。 シュッ、と空気を斬る音がしたと同時に、薪は真っ二つに割れた。 マチルダはしばらく無言でそれを見続けた、時間にしてほんの五分だろうか、マチルダはワルドに向かって小声で、こう呟いた。 「なんで、トリステインでもなく、アルビオンでもなく、ルイズなんだい?」 「クロムウェルは、人の死を弄ぶ。ルイズは人の死を背負う。それだけだ」 「僕は父と母を尊敬している。もちろんルイズもだ。その人に仕えると決めたら、いちいち他人の評価など気にしていられん。 僕が子供の頃、魔法衛士隊に憧れたのは、栄誉のためじゃない。それが最強だと呼ばれるからこそ、主君を守る立場だからこそ憧れたんだ」 また一つ、薪に向かって手斧を振り下ろす。 「主君に仕えるとはそういうことだ」 必要最低限の力で振り下ろされた手斧は、吸い込まれるように薪に食い込む。 パコッと小気味の良い音を立て、薪は真っ二つに割れた。 * アルビオンの首都、ロンディニウムに繋がる街道を、数台の馬車が連なって走っていた。 馬車は幌もなければ座席もない、荷物を積むだけの荷馬車であったが、今は人間を運ぶために使われている。 頬や頭に傷を負った、いかにも荒事の得意そうな男達を乗せて、馬車は首都へと走っていく。 荷物を載せる馬車なので定員など決まっていないが、詰めれば八人まで乗れる馬車の上で、一人の女が下卑た視線を浴びていた。 その女性は身長は172サントほど、鎖帷子を着こみ、黒く短い髪の毛を風になびかせている。 童顔ではあるが、ほんの少し張った顎とエラ、そして厳しい視線が幼さを覆し、強い意志を感じさせていた。 隣に座るスキンヘッドの男は、女の姿を見てにやにやと笑みを浮かべた。 この馬車は、盗賊や犯罪者を、腕に覚えのある者を傭兵として集めるために、アルビオン中に手配されたものだった。 そのため、乗っている男達は9割以上がすねに傷を持った者達であり、中には女を襲うことばかり考えている者もいる。 女の隣に座っている男も、そのような考えを持っていたのか、女の体をじろじろと舐めまわすように見つめ、舌なめずりをした。 「なあ、おめえ、男か?女にしちゃ胸が薄いなぁ」 スキンヘッドの男は、隣に座る女に話しかけつつ、手首を握った。 その手首は、細さとは裏腹に、極限まで鍛えられた筋肉の力強さに満ちていた。 どんな仕事をしてきたのだろうか、細い指はカサカサに荒れ、ほんの少し茶色っぽく染まっている。 もしかしてこいつは、本当に男かも知れない、と思った。 「へへ、可愛い顔してるじゃないか。おめえの顔なら男でも慰み者になれるぜ」 スキンヘッドの男は、上玉なら男でも悪くないと思ったのか、手首から手を離して細い顎に手を添えようとした。 「……!?」 瞬間、全身に悪寒が走る。 今まで掴んでいた女の手が、自分の股間に伸びていたのだ。 ゆっくりと、じわりじわりと、粘度の高い液体が服に染みこむ如く、女の手が股間のモノを締め付け始めた。 「ま、待って、まって!」 女の腕力は思ったよりも遙かに強く、手を払おうとしてもビクともしない。 様子を見ていた他の傭兵達が、男のあわてふためく様子を見てニヤニヤと笑みを浮かべているが、当の本人はそれどころではなかった。 「た、助け」 スキンヘッドの男が助けを求めようとしたその時、股間を握る女は、恐ろしく冷たい声でたった一言だけ呟いた。 「黙れ」 男は、人さらいでもあった。 今まで何人もの女を浚い、時には男を使って欲望を吐き捨てることもあった。 さんざん好き勝手をやって来たのだ、その分危険な目にも逢い続けた。 商隊を襲って、返り討ちにあい、命からがら逃げ出したこともあるし、同業者に殺されそうになったこともある。 命の危機に陥ると、体は危険から離れようと足掻く。 悪あがきだと分かっていても、逃げるために必死で手足を動かす。 今回はそれが無かった。 ああ、俺はココで殺されるのかと納得し、意識はどこかへと飛んでいった。 男が自我を取り戻すのは、それから二時間は後のことだった。 ロンディニウムの前にたどり着いた時き、馬車から降りろと衛兵に言われ、呆けていた意識がやっと元に戻ったのだ。 スキンヘッドの男は、隣に座っていたはずの女がどうしたのか、とても気になったが……妙な詮索をして殺されるのは嫌なので、傭兵として登録される前に前に逃げ出した。 * 夜、ロンディニウムの、とある安宿で、件の女傭兵はベッドの上に座っていた。 あぐらをかき、不機嫌そうに両手を握りしめると、万力のような拳で膝の上に置かれた剣をゴンゴンと叩いた。 「言うに事欠いて男ですって!? あたしが!? しかも人の胸じろじろ見て……ああもう、握りつぶしてやれば良かったわ」 『いっそ男だって事にすればいいじゃねえか』 ハハハ、と剣が楽しそうに笑う。 「……(ニコッ)」 『ヒィ!』 黒髪の女傭兵は、剣の柄と先端を握ると、ぐいぐいと力をかけていった。 「どこまで曲がるかしらね」 『ちょっ、待て、待てって』 その日以降、謎の悲鳴が聞こえる宿として、この宿はちょっとした人気が出たらしい。 To Be Continued→ 戻る 目次へ